連載コラム

2017/4/10FREE

シムズ理論

デフレの新しい治療薬

目からウロコの経済用語「一語千金」

玉手義朗

 デフレという病との、長い闘病生活を続けている日本。主な治療薬は日本銀行が処方する金融緩和政策で、政策金利の引き下げに始まり、ゼロ金利政策から量的金融緩和政策、さらにはマイナス金利政策と、より強い薬が投与されてきたが、効果は限定的だった。こうした中で「新薬」として注目されているのが、ノーベル経済学賞を受賞したアメリカ・プリンストン大学のクリストファー・シムズ教授が提唱している理論だ。
「シムズ理論」は、財政政策によって物価をコントロールし、デフレ脱却を図るというもの。物価のコントロールは金融政策の役目とされてきたが、デフレが進んで金利がゼロ付近にまで低下すると効果を失ってしまう。そこでシムズ教授は、これまでに例を見ない、財政政策による治療法を提案している。
 シムズ理論の基礎となっているのは、財政政策で物価をコントロールする「物価水準の財政理論」(Fiscal Theory of Price Level)だ。シムズ教授はまず、政府が大規模な財政支出を行うことを求めている。徹底的にお金を使って貨幣をばらまき、その価値を下げてデフレからインフレにしようというのだ。その一方でシムズ教授は、物価上昇率が目標に達するまでは、増税をすべきではなく、場合によっては減税も視野に入れるべきだと主張する。
 これによって、財政赤字は急激に拡大するが、これこそがデフレ対策になるという。財政赤字が増えれば、政府に対する信頼度が低下し、貨幣に対する信頼度も低下していく。政情不安に陥った国の貨幣が暴落して、激しいインフレを起こすように、貨幣の信用度は、その国の政府の信用度を反映したものとなる。政府が増税なき財政支出の増大という「無責任な政策」を実行すれば、「こんな政府は信じられない!」と人々は考え始め、貨幣の信頼度の低下、つまりインフレが起こって物価が上昇する。また、貨幣の価値が下がるなら、「早く使った方がよい!」となって、消費や投資が増えて景気が拡大することが期待できる。さらに、インフレになれば、財政赤字も目減りして、借金返済も容易になるというメリットもある。シムズ理論はデフレ治療の特効薬であり、プラスの副作用もある。
 重要なのは、「物価上昇目標が達成されるまで、増税しない!」と宣言すること。これまでも政府は、デフレ対策の一環として財政支出を増加させてきたが、同時にどこかの時点で増税を行って、財政規律を保つと強調してきた。財政支出というアクセルを踏む一方で、増税というブレーキを踏んでいたため、インフレという暴走が起こらなかった。そこで、「ブレーキは踏みません!」と宣言してインフレに対する恐怖を拡げ、デフレ脱却を図るというわけだ。
 シムズ理論は貨幣経済を崩壊させかねない荒療治であり、経済学者の間でも賛否が大きく分かれている。麻生太郎財務大臣も、「美味しい話は怪しいと思わなければいけない」と、完全に否定しているが、安倍晋三首相のブレーンである浜田宏一内閣官房参与が高く評価している政策でもある。現在は否定的な見方が多いシムズ理論という新薬だが、これからもデフレという病が続くようなら、投与される可能性は否定できないのである。

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エコノミスト

玉手義朗

1958年生まれ。筑波大学卒。東京銀行、マニュファクチュラース・ハノーバー銀行などで、外国為替取引に携わる。現在はテレビ局勤務。著書に『円相場の内幕』(1995年、集英社)、『経済入門』(共著、2004年、ダイヤモンド社)がある。

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