連載コラム

2017/8/10FREE

言葉の意味が変わる時

経済万華鏡

浜矩子

 言葉の意味は時とともに変わる。つくづくそう思います。

 忖度(そんたく)という言葉がその典型ですよね。いまや、忖度は実に嫌なニュアンスを帯びるにいたっています。権力者の顔をみて遠慮する。態度を変える。媚びて先回りする。すっかり、そのような意味を帯びた言葉になってしまっています。
 ですが、忖度を広辞苑で引けば、「他人の心中をおしはかること。推察。」とあります。特段、否定的な含意があるとは書かれていません。他者の気持ちを慮ることは、否定的どころか、とても大切なことですよね。他人の痛みが分かってこその人間です。忖度は、本来、同情や共感ととても親しい親戚同士だったのです。ところが、一人の政治家や時の政権などが打ち出す姿勢、醸し出す雰囲気のおかげで、この親戚関係にはすっかり亀裂が入ってしまいました。

 同様のことが、もう一つの言葉についても言えます。それが、ポピュリズムです。
 ポピュリズムも、結構、流行り言葉ですよね。ポピュリズムの本来の意味は、人民主義です。ところが、歴史的な時の流れの中で、実に様々な運動や企みがポピュリズムの名の下に展開されてきました。そうした中で、ポピュリズムも、意味が変わってしまいました。言葉巧みに人々を扇動して、人気を博す。そうして自分好みの政治的方向感を貫徹しようとする。そんな行動様式を指すようになってしまいました。
 今の世の中、実際に、そんな行動を取る人々が増えています。その中の一人で、「強い日本を取り戻す」のスローガンを掲げた人は、いまや政治生命がかなり危うくなっていますね。太平洋の向こう側では、「我が国ファースト」男が半ばやけくそながら、相変わらず気炎を上げています。大西洋の向こう側では、ポーランドやハンガリーで国家主義者たちが露骨な強権発動に乗り出しています。

 こうした一連の展開をポピュリズムの蔓延(まんえん)だと言ってしまっていいのか。正しくは、偽ポピュリズムと表現すべきだと思います。真のポピュリズムは、人々のために展開される。偽ポピュリズムは、それを振りかざす者たちの野望のために展開される。真偽の違いはあまりにも大きいと思います。
 偽ポピュリズムの標榜者たちは、要するに偽預言者たちです。偽預言者の特徴は何か。それは、人々が喜びそうなことばかり言うことです。人々がみつけたいと思っている敵を指し示すことであります。移民が悪い。野党が悪い。悪いのは、やつらだ。
 ポピュリズムという言葉が、その真の意味で使われる日の到来を切望するところです。その日には、忖度という言葉も、必ず、まともな言葉群の仲間に立ち戻ることが出来るのだと思います。

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同志社大学大学院ビジネス研究科教授

浜矩子

1952年生まれ。一橋大学経済学部卒。三菱総合研究所ロンドン駐在員事務所長等を経て、現在に至る。『グローバル恐慌』『スラム化する日本経済』『ユニクロ型デフレと国家破産』『浜矩子の「新しい経済学」~グローバル市民主義の薦め~』など多数の著書がある。

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