連載コラム

2017/1/5FREE

雨宮まみさんの一読者として

生きづらい女子たちへ

雨宮処凛

 エッセイスト、ライターの雨宮まみさんが、2016年11月15日に亡くなった。40歳だった。
 私は彼女と一面識もない。ただの一読者である。が、苗字が同じ「雨宮」で同世代(私は彼女より一つ年上)であり、物書きという同業者でもある彼女に、勝手にシンパシーのようなものを感じていた。
 読者と言っても、今まで読んだのは『女子をこじらせて』(2011年、ポット出版)と『女の子よ銃を取れ』(2014年、平凡社)だけだ。が、2冊しか読んでいないのに、2冊ともこの連載に登場している。それほどに、彼女の文章は私に「わかるわかる!」「よくぞ言ってくれた!」と共感の嵐をもたらすものだった。
 例えば『女の子よ銃を取れ』の巻頭「主役になれない女の子たちへ」で、彼女はテレビ番組『ビューティー・コロシアム』について、書いている。一般公募者が整形などをして「キレイになる」あの番組だ。

 その中で、彼女は変身前の応募者に、司会の和田アキ子さんが「心のあり方」を説くシーンに触れる。「整形しか救いがない」というストーリーを作る一方で、ただの虚栄心で「綺麗になりたい」というのは感心できないというメッセージを発し、「心が素直じゃないと美しくなる資格はない」のダメ押し。そうして彼女は書くのだ。
「この『美に対する意識』は、なんなのでしょう。ただ単に『美しくなりたい』だけの美の追求は『悪いもの』『虚栄』で、かといって美の追求をしないのは『女として自然ではない』『間違ってる』『努力が足りない』。強烈なダブルバインドです。
 この上限も下限も決められた状況で、心から素直に、身の程をわきまえて、欲望で発狂しない程度に、そしてやる気をすべてなくしてしまわない程度に『綺麗になりたい』なんて思える女が、いったいどれだけいるのでしょうか」
「こんな見えない上限や下限を、女の欲望を急き立て、制限する壁のようななにかを、マシンガンでぶっ壊せたら爽快(そうかい)だろうと思いませんか」
『女の子よ銃を取れ』の表紙には、マシンガンを構えた女の子のイラストが描かれている。

 そんな雨宮まみさんはもともとAV(アダルトビデオ)ライターだったわけだが、なぜ、仕事にするほどAVに深入りしたのかは、彼女の半生を綴り、「こじらせ女子」という言葉を生み出した『女子をこじらせて』に詳しい。
「それはひとえに私が『女をこじらせ』ていたから、と言えるでしょう。AVに興味を持ったとき、私は自分が『女である』ことに自信がなかったので、AVに出ている女の人たちがまぶしくてまぶしくてたまらなかった。『同じ女』でありながら、かたや世間の男たちに欲情されるアイコンのような存在であるAV女優。かたや処女で、ときたま男に間違えられるような見た目の自分。そのへだたりは堪え難いほどつらいものでした。
 私は、女であることに自信はなかったけれど、決して『男になりたい』わけではなかったし、できることなら自分もAV女優みたいにキレイでやらしくて男の心を虜(とりこ)にするような存在になりたかった。当時はAVを観ていると、興奮もしたけれど、ときどきつらくて泣けました。世間では花ざかりっぽい年齢の女子大生なのに、援助交際で稼ぎまくってるコもいるのに、自分は部屋にこもってAV観て一日8回とかオナニーして寝落ちして日が暮れてるんですから、そりゃ泣きますよね。泣くっつーの!」

「女子をこじらせて」には、このようなこじらせエピソードが赤裸々に綴られている。思春期にスクールカースト低めで過ごし、恋愛などは「自分には『許されていない』」と思い込んでいた日々。「やおい」(ボーイズラブ)にハマるオタクとして、さらに下がるカースト。そんな彼女が大学生で処女を喪失するまでや、そこからの、恋愛やセックスや欲望や承認、そして仕事と「女であること」の葛藤などなどが怒濤の迫力で綴られている。
 貪るように「女子をこじらせて」を読んでいる間、私はなんでも話せる親友ができたような気分の中にいた。「わかるわかる!」と盛り上がり、時に泣き笑いしながらお互いの青くて痛い経験を「ネタ」に昇華させつつ、成仏させるためのマシンガントークをしているような。そんな読書経験は初めてで、だからこそ、雨宮まみさんは私の中で「特別」な書き手だった。
 訃報を聞いてしばらくしてから、彼女の私小説エッセー『東京を生きる』(2015年、大和書房)を読んだ。福岡県出身の彼女が18歳で上京し、東京で過ごした年月が、地元で過ごした年月を上回っていく日々を綴ったものだ。北海道から18歳で上京した私も彼女と同じく、36歳で東京生活が地元で暮らした年月を超えた。

「はじめに」の文章は、以下のように始まる。
「実家のある九州から飛行機で羽田空港に、羽田からリムジンバスで新宿に帰る。
 首都高に乗ったリムジンバスから、オレンジ色に光る東京タワーが見える。
 毎年、年明けにその光景を観るたびに『今年も帰ってこれた』と思い、ほっとする。
 東京は、私にとって『ここでなければならない街』だ。
 ここに戻ってこれなければ、私はもう生きることができないのと同じ、戦線を離脱したのと同じだという思いがある」
 地方からなんらかの覚悟を持って上京した人間であれば、この文章に身悶えするほど共感するのではないだろうか。さらに読み進めていくと、彼女が故郷・福岡に複雑な思いを抱えていたことがわかる。
「絶対に帰るもんかと思った故郷。有名になって、みんなを見返せるようになるまで帰るもんかと思った故郷。そうならなきゃ恥ずかしいんだって、出ていった者の面目がないんだって、思っていた故郷。憎くて、憎くて、大嫌いで、懐かしい、あの、田んぼしかない故郷。白鷺の飛ぶ故郷。野良猫が車に轢かれて死んでいる故郷」

 読みながら、「自分の過去の日記が公開されている」錯覚に陥りそうになった。「とにかく何者かにならなくてはいけない」という強迫観念に取りつかれて、崖っぷちみたいな気持ちで上京してからの10年近い日々のことを、強烈に思い出していた。
 生まれ育った北海道が嫌だった。とにかく脱出したかった。いい思い出なんか全然なくて、学校でも、それ以外のコミュニティーでも常にカースト下位で、「自分が受け入れられなかった」という敗北感と、あそこにいたらいつまでも「いじめられキャラ」でいなきゃいけないことが耐えられなくて、逃避のように憧れ続けた東京。

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作家、活動家

雨宮処凛

1975年生まれ。2000年、自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版) でデビュー。 若者の生きづらさについての著作を発表するかたわら、イラクや北朝鮮へも渡航。 06年からは新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、 メディアなどで積極的に発言。著書に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(ちくま文庫) 、『バカだけど社会のことを考えてみた』(青土社) など多数。

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