連載コラム

2017/6/1FREE

「ロボットジジイ」に用はない

生きづらい女子たちへ

雨宮処凛

 少し前のこと。
 終電近くの電車に乗っていたら、前の席で熟睡していたオジサンがハッと目を覚ました。電車はちょうどホームに着くところ。もしかして、降りるべき駅を通過しちゃってた?
 さて、そんな時、あなただったらどうするだろう。大抵の人は、まずキョロキョロしてホームの駅名標などで駅名を確認するという行動に出るだろうと思う。が、オジサンは違った。目覚めると同時に、近くに立っていた若い女性に突然「おい、ここどこだ?」と話しかけ、女性が反射的に「品川です」と言うと同時に立ち上がり、お礼も言わずに電車を降りていったのだった。
 なんか、すごいな……。後ろ姿を追いながら、思った。近くにいる見知らぬ女性に対してなんの疑いもなく「おい、ここどこだ?」と聞けてしまうその神経がだ。自分がたずねているのになぜか命令口調。年下の女性に無視されるなんてこと、あり得ないと思っているその揺るぎない姿勢に、「ロボットジジイ」という言葉を思い出した。
 ロボットジジイとは、漫画家・田房永子さんのコミックエッセー『ママだって、人間』(2014年、河出書房新社)に出てくる言葉だ。

 田房さんの出産、育児について描かれたこの漫画には、「何もしないジイさん」という章がある。子どもが生まれてベビーカーで移動する際の「肩身の狭さ」や、だけど「バアさん」は優しかったり、子持ち同士も助け合うというそれぞれの生態が描かれているのだが、そこに登場するのが60代後半〜70代ぐらいの「何もしない」ロボットジジイだ。エレベーターのドアにベビーカーが挟まれそうになっても何もしない。なのに「2階!!」などと、指示にはためらいがない。
 以下、漫画からの引用だ。
「もし、バアさんや子連れがこんなことをしたらすごく目立つ/だけどジイさんだと誰も気にしてない/ジイさんという存在に女たちが何も期待していないという表れ?/家では何もせず/仕事だけしてればいいと言われ 40年 馬車馬のように働き/定年後 急にこっちの世界に放り込まれたら」「こんな風に電池の切れたロボットみたいになっちゃうのかも…」
 その対極として描かれるのが、少数存在する「ハツラツジジイ」だ。
 そんなロボットジジイという言葉、そして『ママだって、人間』を知ったのは、作家・山内マリコさんのエッセー『皿洗いするの、どっち? 目指せ、家庭内男女平等!』(17年、マガジンハウス)だ。山内さん自らの同棲、そこからの結婚生活をレポートしているのだから、面白くないわけがない。

 ちなみに山内さんは1980年生まれの30代。「彼氏」は、山内さんと2009年より交際する「厨房に入る系」の男子。同級生。会社員のようである。
 目次をざっと眺めるだけでも、頷くこと盛り沢山だ。
「男は家事を3倍にするモンスターである」「同棲生活の不満は3日もあれば出揃う」「皿洗いの現場は憎しみを育てる」「日本女性はやさしい言葉に飢えている」「男の空間支配力はリモコン支配力と同義である」「夫のためにも女は悪妻になるべきである」「夫は役立たずの代名詞である」などなど、男性には耳が痛いが、女性だったら「わかる!」と叫びたくなるのではないだろうか。
 本書では、このようなテーマで彼氏への不満などが綴られているのだが、面白いのは「男のいいぶん」として、彼氏も原稿を書いているところだ。
 例えば山内さんが彼氏の「歯ブラシ持ってきて」という言葉に憤り、それを書けば、彼氏は彼氏で山内さんが「ティッシュ取って」と日に三度は言い、風呂上がりに「ボディクリーム塗って」と足を投げ出すなどを暴露。二人の間での攻防が繰り広げられるのだが、しかし、その中でも彼氏が確実に「理解しようとし、学んでいる」のが伝わってくる。

「性別役割分業に大変敏感なフェミニストであり、とかくミソジニー(女性嫌悪)な世の中に対してふつふつと怒りを募らせている」彼女との日々の中で、彼氏の中に生まれた「当事者意識」。女性が何に怒り、何を求めているのかを知ろうとする。また、結婚し、山内さんの姓が変わったことについて、それまで「当たり前」だと思っていたものの、彼女に「じゃあそっちが私の苗字になれって言われたらどうよ?」と言われて「事の重大さ」に気づくのだ。
 そんな二人の絶妙な「かけあい」に引き込まれて読み進めていた本書で、激しく共感したのは山内さんのこんな一文。
「独身男性がよく、『こういう女と結婚したい』といって条件をあげますが、そんな女実在しないどころか、人間じゃないことがしばしばあります(女がリストアップする王子様の条件の非実在ぶりもなかなかだが)。彼らは男の妄想が生み出した『オレたちのいい女』が存在していると、本気で思っている。そんな女、いないのに!」

 この本を読んだ直後、別の本で同じような「非実在女性」についての記述に触れた。それは精神科医・香山リカさんの『40歳からの心理学』(06年、海竜社)。本書では、心理学者の小倉千加子さんが説明する、未婚男性が結婚相手に求める「5K」について書かれている。
 一体、その「5K」とは? 恐ろしいが、書いてみよう。
「可愛い」「賢い」「家庭的」「軽い(体重が)」「経済力」
 あなたの周りを見渡してほしい。可愛くて賢くて家庭的で体重が軽くて経済力がある、というすべてを兼ね備えている女子など、存在するだろうか? 少なくとも、私の周りには一人もいないし今まで生きてきて会ったこともない。香山さんも、「『そんな都合のいい女性、いるわけないじゃない』とたいていの人は思うだろう」と書いている。
 が、文章は次のように続く。
「ところが、最近の女性雑誌を見てもわかるように、いまどきの若い女性の理想は『仕事もデキるが女らしさも忘れない』。昼はカチッとしたスーツでも、アフター5にはシャツのボタンをひとつはずして胸元を見せるように、とアドバイスする雑誌まである」

 なんだか随分生々しいアドバイスである。可愛くて稼げるけど、家庭的で男を立てて、セクシーさも忘れない。こういう「女性像」が求められているらしい、ということに、私はいつも悶々としてしまう。
 そんな私のもやもやを明確に言い当ててくれる言葉を、『ママだって、人間』の中に発見した。

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作家、活動家

雨宮処凛

1975年生まれ。2000年、自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版) でデビュー。 若者の生きづらさについての著作を発表するかたわら、イラクや北朝鮮へも渡航。 06年からは新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、 メディアなどで積極的に発言。著書に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(ちくま文庫) 、『バカだけど社会のことを考えてみた』(青土社) など多数。

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