連載コラム

2015/12/28FREE

異なる選択肢

サン・ペドロ・スーラ編6

ラテンギャング・ストーリー

工藤律子

 世界一危険な町といわれるホンジュラスのサン・ペドロ・スーラで取材を始めた私たちは、凶悪な若者ギャング団=マラスの若者たちの更生に取り組む現地NGOの代表であるジェニファーとともに、アンドレス少年の故郷、リベラ・エルナンデスを訪れた。そこにはギャングをやめたくてもやめられない若者たちの厳しい現実があった。

 サン・ペドロ・スーラでの取材2日目、私たちは車でマラスの影響力が強いことで知られるもう一つのスラム、町の南に位置するチャメレコンへ向かった。そこにはジェニファーたち、NGO「ホンジュラスの若者よ、共に前進しよう(JHA-JA)」の活動拠点がある。
「JHA-JAは現在、私とあと3人のスタッフが動かしていますが、1人は壁画などのアートプロジェクトを担当する若者で、あと2人は今から行くチャメレコンでスポーツプロジェクトを担当しているアルマンドとエクトルです」
 ジェニファーが、今日会うスタッフについて説明する。2大マラスの一つ、「マラ・サルバトゥルーチャ(MS)」のメンバーだったエクトルの話を聞くのが、チャメレコン訪問の最大の目的だ。彼は、地域のMS主要メンバーに食料といった必要物資を運ぶなど、現在でもMSに協力しているが、もう麻薬売買や殺人などの犯罪には関わっていない。ジェニファーたちは、そうした立ち場の元ギャングを、“穏やかになったギャング”と呼んでいる。
 ジェニファーによると、彼は2004年ごろからJHA-JAの活動に参加した後に、スポーツトレーナーになるための研修を受け、06年にチャメレコン地区スポーツ学校のサッカーコーチに雇われた。おかげでまじめに生活しているという。
 途中、JHA-JAのアートプロジェクトで描かれた壁画を幾つか見学しながら、目的地を目指す。チャメレコンに入ってまもなくの所にある壁には、「アートこそが命。武器と暴力をなくそう」というメッセージが入った作品が描かれていた。
「この壁の前の道で10年ほど前、バスが襲撃され、20人以上が亡くなりました。犯人は防弾チョッキを着て目出し帽をかぶった男たちで、車2台でバスの前にまわり込み、停車させて、乗客を皆殺しにしたのです。“死の部隊”と呼ばれる警察の組織に違いありません。彼らは事件をマラスのせいにし、マラスへの弾圧を正当化しました」
 真剣なまなざしで、ジェニファーが言う。 
「私は正直、マラスやギャングよりも、警察のほうが怖いのです」


 チャメレコンの中心に来ると、子どもたちが集まるフットサル場の前で、JHA-JAスタッフ、アルマンドが待ち受けていた。彼はギャング歴のない若者で、地域の子どもと若者たちのサッカーリーグを、エクトルと共に運営している。「エクトルは今、こちらへ向かっています」と教えてくれる。
 数分後、バイクに乗ったエクトルが現れた。今まで会った「元ギャング」や「穏やかになったギャング」の中で、最年長の42歳。サッカー・スペインリーグの人気チーム、バルセロナのユニフォームを着た彼は、ややずんぐりしていて愛敬のある顔だが、どこか用心深そうな目をしている。
 JHA-JAのスタッフ3人はインタビューのために、私たちをふだん彼らが主催するサッカーリーグで使っているグラウンドへと、案内した。そこは、スラムの一角にある広い空き地といった感じの場所で、奥には体育館のような建物が立っている。
「以前はJHA-JAが政府からあの建物を借りて、様々な活動をしていたんです。ところが09年に軍事クーデターが起きて以降、軍が私たちを追い出して、駐屯地にしています」
 ジェニファーがため息まじりに言う。
「でも、サッカーグラウンドを使うことには、特に文句は言ってこないよ」
と、エクトル。
 そのサッカー場の端に座って、エクトルにMSに入った経緯を聞いた。


「子どもの頃はフツウのギャング団で、仲間とたむろってはビールを飲んだり、敵のギャング団とケンカしたりしていた。盗みも殺人も無しだ。19歳の頃にアメリカへ不法移民として働きに行き、レストランの皿洗いなどで稼いだ。でも01年に母さんの糖尿病が悪化したので、帰国したんだ。それからMSに入ったわけさ」
 彼の兄弟は皆、結婚と同時にここを離れたため、独り家に残された母親のために帰国したエクトルは、アメリカでファッションとして入れたタトゥーが原因で、マラスに入ることになった。ホンジュラスでは、この頃すでにタトゥーをしている者=マラスメンバーというのが、当たり前だったからだ。地域で抗争を繰り返していたMSとそのライバル「ディエシオチョ(スペイン語で18の意味。略して18)」のどちらかに付かなければ、うっかり殺されかねない。
「JHA-JAのおかげでスポーツトレーナーの道が開けて、仕事ももらえたから、06年以降はMSの活動を離れて、まじめに働いているよ」
 と、そこまで話したところで、エクトルは突然、低い声で私にこう告げた。
「(テープレコーダーでの)録音はやっぱりやめてくれないかい?」
 急にどうしたのかと聞くと、ふとある事件を思い出したと言う。
「実はMSの仲間で、今年初めに殺されたヤツがいるんだ。そいつはずいぶん前にスペインのテレビ取材を受けたんだが、それが今になってYouTubeに流れていたのを18の奴らがみて、殺しにきた。番組の中で18のメンバーを殺した話をしたからさ。顔は出なかったんだが、履いてたズボンでバレたらしい。だから録音や映像は残したくないんだ」
 結局、日本で記事が出る分には問題はないだろうということで、写真はOKとなった。
 それにしても、マラスというのは随分と執念深いようだ。
「そうだね。でも、この地域のMSは今、意外と柔軟だよ。俺のように子どもたちのための活動をしている場合なんか、応援してくれるんだ」
 エクトルによると、チャメレコンのMSは、年齢の低いメンバーがサッカーリーグに参加することを奨励しており、彼が組織しているサッカートーナメントに出場している10〜12歳のカテゴリーの5チームのうち、2つはMSメンバーのチームだそうだ。
「ホーミーたちとは毎日、携帯電話で話しているから、いろいろ聞くんだ」
「ホーミー」とは、英語のHome から派生したマラス言葉で、地区の本格的ギャング仲間を指す。
「彼らは、あそこにみえる丘の上に住んでいるよ」
 エクトルが、スラムの西側に連なる小高い緑の丘を指す。

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ジャーナリスト

工藤律子

1963年大阪府生まれ。東京外国語大学地域研究研究科修士課程在籍中より、メキシコの貧困層の生活改善運動を研究するかたわら、フリーのジャーナリストとして取材活動を始める。著書に「仲間と誇りと夢と」(JULA出版局)、「ストリートチルドレン」(岩波ジュニア新書)、「ドン・キホーテの世界をゆく」(論創社)、「フィリピン・私の家族は国家に殺された」(長崎出版)などがある。NGO「ストリートチルドレンを考える会」共同代表。

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