連載コラム

2017/5/25FREE

母の日にお母さんに感謝できなくたっていい

仁藤夢乃“ここがおかしい”第17回

バカなフリして生きるのやめた

仁藤夢乃


今年も「母の日」がやってきた



「母の日です! いつも惜しみない愛情をそそいでくれているお母さん。そんなあなたの感謝の気持ちを母の日に伝えてみませんか?」
 フェイスブックを開くと、そんなメッセージが表示されていた。
「そうか、今日は母の日か」と、私はそわそわする。忘れたらいけない、と思って1カ月以上前にネット通販で予約していたカーネーションが母のもとへ届いたか、配送業者からのメールをチェックする。もう届いていることがわかってほっとする。母からメールが来るかなと、反応を恐るおそる待ってしまう。
 フェイスブックの「いつも惜しみない愛情をそそいでくれているお母さん」と「感謝の気持ちを伝えて」というメッセージに胸がざわつく。子どもを愛せなかったり、愛情を勘違いしていたりする親もいるし、親に感謝できない子どももいる。私もその一人である。
 10代の頃から、母の日はプレッシャーだった。私を自分のもののように扱い、私が嫌がることを「あなたのため」と押し付ける母に、いら立つことは多かった。母は私のことを自分の価値観で測り、母の関心は、私の本当の気持ちや気にかけてほしいこととは、ずれていた。一人の人間として見てもらえていないと感じていた。母は、自分にとって都合のいい時だけ私を大人扱いし、「夢ちゃんは優しい子だから」と言って頼った。親が子どもにすべきではないような話まで、聞きたくないことまで聞かされた。母には、親子の境界線の認識ができていないのだと思う。
 私の育った家では、父からの言葉の暴力や、精神的な暴力、部屋のドアをはずされたり、服や物を捨てられるなどの暴力があり、母からは耳を引っ張って家中を引きずられたり、長時間外に出されたり、怒鳴られたり、たたかれたり、行動を細かくチェックされたりした。幼い頃から、両親の機嫌をうかがいながら生活していたが、両親には自分たちがしていたことへの自覚は今もないようである。虐待した事実を認めたくないというような感じである。
 両親が離婚してから、私は母と暮らしたが、母との生活も苦痛でしかなかった。他に行ける所もなく、家にいる時は母の機嫌を損ねないように過ごすか、母の存在を無視して反発することで生き延びていた。20代になり、私がパートナーと同棲を始めて、家族と物理的な距離をとれるようになってから、関わる機会も減り、いい距離感をこちらが意識的に保てるようになって少し落ち着いた。

親への感謝の強要はやめて!



 そんな私だが、母の日に贈り物をしなかったことは、これまで一度もない。毎年この時期になると、何かしなければならないという義務感にかられる。もし母の日を忘れてしまったら、母が傷ついて精神を崩すかもしれないとか、根に持つかもしれないとか、自分以外の家族への依存が強まってしまうかもしれないなどと考えてしまうのだ。何に感謝していいのかよくわからないけれど、でもすべてを恨んでいるわけではないし……と思いながら「いつもありがとう」と、とりあえずカードに書いて渡したこともある。小学生の頃も含めて、「お母さん、喜んでくれるかな?」と、ただそれだけの純粋な気持ちで花を買えたことがあったのかは、私にもわからない。
 親を捨てることができたらどんなに楽だろうと思いつつ、支配や暴力のある環境で育つほど、親をあきらめることができない。子どもを虐待し、振り回す親に苦しめられている中高生に、「親をあきらめたほうがいい」と日々伝えている私も、そうなのだ。
 子どもを支配したり、子どもに依存して孤独を埋めて生き延びようとする親は、なかなか変わらない。そんな状態の親を子どもだけで支えることはできないし、変えることもできない。親を変えようと試みて、感謝を伝えたり手伝いをする回数を増やすなど機嫌をとるようなことをしたり、機嫌を損ねないための行動をとったりすると、ひと時の間、理不尽なことで怒鳴られなくなったり優しくなったりするので「変わってくれた」と勘違いすることもある。が、それはひと時で終わる。
 しかし、そういうことが繰り返されるたびに、「変わってくれるかもしれない」と期待したり、「自分がいい子にしていれば親は優しい」と勘違いしたりして、親が虐待するのは「自分が悪いからなのだ」と原因を自分に求めてしまう。子どもにとって、親を悪く言うよりも、自分のせいにしたほうが気持ちが楽だから。
 親への感謝を強要したり、親に感謝できない子どもを責めたりする大人は多い。昨今、学校や地域で導入されている「2分の1成人式」(10歳を迎えたことを祝う行事)は、親に暴力を振るわれていたり、家族関係に悩んでいる子どもにとっては大変つらいものである。子どもの教育というより、親が感動するためのプログラムになっている。
 また、「誰もが生まれてきたことを喜びと感じられたら、生きることが楽しくなる」などと科学的・医学的根拠のないことを教える「誕生学」など、「命の大切さ」を教える授業も危険だ。「私なんか産まなきゃよかったのに」「死にたい」と思ったり、親に対して「死ねばいいのに」という子どもがいたら、それはSOSなのだ。そんな子どもたちに、命の大切さを説いたり、「そんなことを言っちゃいけない」などと怒れば逆効果。子どもたちは本当の気持ちを誰にも言わなくなる。助けを求められなくなる。「感謝している」と嘘をつくようになる。そんな自分を「悪い子」だと思うようになるだろう。

産んでくれてありがとう?



 10代の頃、母の方針に反発する私に対して、母が「そんなことをさせるために産んだんじゃない!」と言った時、私は「こっちだって望んで生まれたんじゃないよ。勝手に産んだのはそっちじゃん」と言って立ち去ろうとした。その時、私の腕をつかんで、「親をなんだと思っているんだ」と頬をたたき、「どうして親の愛情がわからないんだ」と、母は泣き叫んだ。
 今ならわかる。あの時、「この人、やばい」と思った私は、おかしくなかった。「この人、嫌い。この人といたら死んじゃう」と思った私は悪くなかったと。
 母の日に、LINEスタンプの公式アカウントからは次のようなメッセージが送られてきた。

母の日の贈り物は決まりましたか?
一番喜ばれるのは、素直な気持ちを伝えることかも知れません。
ママに伝える感謝の気持ち、
ぜひスタンプでお母さんを笑顔にしてください。

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社会活動家

仁藤夢乃

1989年、東京都生まれ。中学時代から東京・渋谷で家出生活を繰り返し、高校を2年で中退。後に恩師となる予備校講師より知遇を得て、農業・国際貢献活動に従事。2009年、明治学院大学社会学部に進学。在学中から高校生に目を向けた活動を始め、卒業後の11年に一般社団法人 女子高校生サポートセンターColaboを設立、代表理事をつとめる。第30期東京都青少年問題協議会委員。著書に『難民高校生』(英治出版)、『女子高生の裏社会』(光文社新書)。

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