ある女子高生の研究発表に衝撃
先日、進学校として知られる某高校で授業を行った。
それは3年生の生徒たちがグループ別に関心のあるテーマを選び、数回の授業時間を使ってそのテーマを掘り下げ、最後の授業時間に講師を招いて授業を受けるというものだった。私を講師に呼んでくれたグループのテーマは「JKビジネス」。生徒たちはまず、私の著書『難民高校生』(13年、英治出版)や『女子高生の裏社会』(2014年、光文社)を読み、小さな班に分かれて“調べ学習”を行い、そこで学んだことや考えたことをまとめて班ごとに発表。それについて講師である私がコメントを返した。
多くの生徒たちは、授業を通して日本における子どもの性の商品化を自分ごととして捉えていたが、一組こんな発表をした班があった(以下要約)。
「援助交際に関わる人がいることで、私たちのような“一般”の女子高生や女性が性的対象になることの抑止力になっています。性欲はコントロールが難しい。性欲を否定することは、人権侵害につながります。
風俗が禁止されている国では、性欲を満たすにはお金を払う風俗店ではなく、タダで強姦するのが現実です。女性差別が根強い国では、日本人旅行者もレイプされています。国が援助交際を含め風俗をなくそうとすると、男女が触れ合う機会が減少して性犯罪が増加。すべての女性が性犯罪の対象になりかねません。しかも女性は貧困などを理由にお金が欲しい、そして男性は性的欲求を満たせるという利害の一致があります。
風俗店は暴力団が経営している場合が多く、店では女性をモノとして扱い女性の人権侵害が起きています。しかし、国が圧力をかけることで風俗店が不可視化し、さらにそこで性病が蔓延すると防疫も困難になり、取り締まりのための警察の人件費や医療費など国の負担が増えます。そのため風俗店を公営化し、国が100パーセント出資して直接的に管轄できるようにするといいと思います。
強制わいせつ事件の認知件数をみると、大手のコンビニが成人向けの雑誌を販売廃止すると性犯罪が3倍になりました。さらに携帯にフィルタリングの機能が付いたことにより、性犯罪の認知件数が2倍に増加しました。だから日本も風俗店を公営化し、売春を合法化すべきです」
そう堂々と話す17歳の女子生徒の姿に、ショックを受けた。また、いくつかの情報を都合よくつなげ、ポルノの取り締まりと連動して性犯罪認知件数が増えたと紹介し、性の商品化を取り締まることが性犯罪を増やすことにつながる根拠としていた。
彼女たちは、性暴力や性犯罪がなくならないことを前提にし、風俗店が性暴力の抑止力になるという根拠のない言説を信じていた。また、“一般”の女子高生や女性が被害に遭わずにすむのなら、他の誰かが性暴力を受けることは仕方ないという考え方や、金銭で生身の人間を買い求めることの問題を単に市場的交換のような捉え方をしていたこともショックだった。
これは「大人の責任だ」と思った
私は生徒たちに話した。性暴力は性欲ではなく支配欲から行われる。性欲をどう満たすかということと、性暴力を振るうことは別である。性欲をどうコントロールするか、性欲に自分がどう向き合うかを考えることが性的自立のために必要であり、誰かの体を使ったり、お金で性を買い、支配することで自分の性欲を満たすことは「権利」と言えるのか、と。
調べ学習でどこから情報を得たか聞いてみると、彼女たちは「ネットやテレビ」と言っており、大人たちの影響を受けていた。“援助交際”に関わる女子高生は「好きでやっている」というメディアの報じ方や、JKビジネス経営者のブログ、風俗店経営に関わって利益を得ているライターの書いた「女の子たちはみんな好きでやっていて、サラリーマンより稼いでいる」などのネット記事から学習し、世界史の教師からは「売春は世界最古の仕事だ」と聞いたともいう。
これは「大人の責任だ」と思った。
私は先日、イタリアのポンペイ遺跡で発掘された2000年以上前の売春宿の跡地を訪れた。そこで働いていたのも奴隷として連行されたり、頼れる家族をなくしたりした女性であったそうで、現代と変わらないのだと思った。
2013年、元大阪市長の橋下徹氏が在日米軍幹部に対し、海兵隊員による風俗業者の活用を求めた。その後、「女性を道具として見ている」などと批判を浴びて発言を撤回したものの、16年に沖縄県うるま市で20歳の女性が米軍属の元海兵隊員の男によって強姦され、殺されて、死体を遺棄されるという事件が起きた際、橋下氏は「米兵等の猛者に対して、バーベキューやビーチバレーでストレス発散などできるのか。建前ばかりの綺麗ごと。そこで風俗の活用でも検討したらどうだ、と言ってやった。まあこれは言い過ぎたとして発言撤回したけど、やっぱり撤回しない方がよかったかも。きれいごとばかり言わず本気で解決策を考えろ!」とTwitterに書き込んだ(16年5月21日)。
こういう書き込みにも、子どもたちが影響を受けているのかもしれないと思った。
日本社会の伝統的な性暴力肯定
先の発表をした生徒たちは、巷の女子高生を「売春する人」と「一般の人」とに分けて考え、「国の利益」「性病の管理」などを引き合いに出していた。しかし、女性を売春婦と淑女に二極化する考え方や、慰安婦や売春婦が性暴力の防波堤になるという思想は、戦時中に日本軍従軍慰安婦を生み出した日本社会の伝統的な性暴力肯定の思想に他ならないと思った。歴史を知らなかったり、歪曲した解釈を鵜のみにしたままこのような主張を信じて疑わず、「国の利益」という視点で売買春について考える女子高生が育っていることに危機感を覚えた。
私は生徒たちに、日本は戦時中、兵士の士気を高め、欲求を満たし、軍隊をまとめるための国策として慰安所を作り、アジアや沖縄の女性たちを日本軍従軍慰安婦として連行し、逃げられないように囲って性奴隷にしたことを話した。たくさんの女性たちが小さな部屋に囲われ、毎日何十人もの兵士から性暴力を振るわれたこと。性病が蔓延しないために女性たちは検査され、性病にかかっていたり、慰安所から逃げようとすると殺されたり、「野犬に食べさせるぞ」と脅されたりした女性たちのことを話した。
敗戦後には米軍兵士による強姦を防ぐためとして、性犯罪抑制の名のもと「特殊慰安施設協会(RAA ; Recreation and Amusement Association)」が日本政府によって設立されたことも伝え、日本に暮らす私たちにはその歴史を知り、反省し、繰り返さないようにする責任があると考えていることを話した。
さらに戦後、住まいや仕事や頼れる家族を失った女性たちが売春をして生き延びており、そうした女性たちを守るため、1957年に「売春防止法」が施行されたこと。女性たちを保護する活動が公的に認められ、国の事業となったが、現在も売春防止法では売春する女性を「転落した女性」とみなし、風俗を乱すものとして扱っていることも話した。
日本では当時から「買春」ではなく「売春」、売る側に問題があるという考え方をしており、制定以来改定されていない売春防止法第5条(勧誘等)は、今日でも女性にしか適用されない。女の子たちにたくさんの男が声をかけているのが実態なのに、この法律では女性から誘えば女性は逮捕され、男性が買春を持ちかけてもそれは罪にはならない。
「国のため」に社会があり、私たちが存在しているのではなく、そこで暮らす一人ひとりが安心して過ごすために何が必要か、当事者として一人の「市民」として考える必要があると私は思う。