連載コラム

2017/5/18FREE

第16回 早川タダノリ「日本を考える」

日本スゴイ物語の幻想

戦争と平和のリアル

早川 タダノリ
構成・文/朴順梨

 2017年4月21日、内閣官房国民保護ポータルサイト(http://www.kokuminhogo.go.jp/)に「弾道ミサイル落下時の行動について」というPDFファイルが掲載された。もし弾道ミサイルが飛んで来たら、「屋外にいる場合」は
  〇近くのできるだけ頑丈な建物や地下に避難する。
  〇近くに適当な建物がない場合は、物陰に身を隠すか地面に伏せ頭部を守る。
  〇口と鼻をハンカチで覆い、現場から直ちに離れ、密閉性の高い屋内または風上へ避難する。
「屋内にいる場合」は
  〇できるだけ窓から離れ、できれば窓のない部屋へ移動する。
 などと書かれていた。
 弾道ミサイルと呼ばれるものがどれぐらいの威力なのかはわかりかねるが、果たして地面に伏せることで回避できるのか。この行動マニュアルが作られた意図や効果のほどに疑問を感じると同時に、『「愛国」の技法』(早川タダノリ著、青弓社、2014年)に掲載されていた「一升瓶で空襲に備えよう」なるイラストを思い出してしまった。
 同書をまとめた早川タダノリさんにお話をうかがった。


 
 同書には「日の丸行進曲」の踊り方や、美人お嬢様&人妻風の海女さんが並ぶ皇軍慰問絵葉書といった、戦前・戦中に庶民を鼓舞し慰撫してきたプロパガンダが多数掲載されている。なかでも一升瓶やビール瓶に小豆大の粉炭か玄米を焙烙(ほうろく=素焼きの平たい土鍋)で炒った「吸収剤」を入れておく「代用吸収缶」は、ガスマスクがなくてもしばらく呼吸がしのげる大日本帝国の科学の粋を集めて開発されたもの、らしい。これは『主婦之友』の昭和19年12月号の特集記事だが、代用缶の作り方以外にもガスの性質や、青酸に出くわしたら「早く瓦斯(ガス)外に出る」、ホスゲン(毒性が強く、吸うと肺水腫を起こすガス)の場合は「この瓦斯の下では決して走るな」「絶対安静にすること」といった注意方法を懇切丁寧に教えてくれている。しかし「青酸をまかれても、ガス外に出ればもう安心!」とは、正直思えない。これと同様に、やはりハンカチで弾道ミサイルの脅威を回避できるとも思い難いのだ。戦後70年以上経つが、意識は当時と何も変わっていないということなのだろうか……?


 
 早川タダノリさんは、戦前・戦中の大衆読み物の蒐集を続けてきた。地方の古書店や解体される個人宅などから古本・古雑誌・古新聞や紙くずをかき集め、同書以外にも『神国日本のトンデモ決戦生活』(合同出版、2010年)、『「日本スゴイ」のディストピア』(青弓社、2016年)などを上梓している。どの本もページをめくると「戦前や戦中の日本では、こんなことが信じられていたのか……」と、笑ってしまいそうになる。しかし早川さんのもとにはこれまで、「昔の人の努力を馬鹿にしているというお叱りが結構届いた」そうだ。
「『「愛国」の技法』を出した際、『昔はこんなに一生懸命戦争をやっていたのにバカにしている!』みたいな意見が結構あったんです。でもガスの話で言えばイペリット(塩化硫黄とエチレンから得られる毒ガス、別名マスタードガス)の注意に『目、呼吸器の防護を怠るな』とありましたが、それでは到底防げないですよね(苦笑)。でも現代と違って戦時中は情報収集の手段があまりにも少なかったので、庶民がこうしたプロパガンダをまじめに受け止めたのは、ある意味仕方がなかったと思います。だからそこを嘲笑するのが目的ではありません。『大日本帝国やその周辺の連中はこんな根拠のないことを言って、人々を動員しようとしていた』ことの全体像を明らかにしたくて、本にまとめているんです」
 
 たとえば解剖研究学の先駆者と言われる解剖学者・人類学者の足立文太郎は1933年に、
「動物の体は、毛が深い。人類は、進化していくうちに毛が少くなったのである。ところが西洋人と日本人とを比較してみると、どつちが毛が多いか? 西洋人の毛深さは、まつたく驚くほどで、(中略)『まだ西洋人は、毛の抜け方が足らぬぞ。それはとりもなほさず動物に近いのだ!』といつて日本人の体を見せてやりたくなるのである」
 と書き残しているし、1943年発行の『日本人と魚食』という本の中で中村吉次郎という人が、
「日本人の体力こそは、日本の魚の肉と骨に拠ること大なるものがあるのではあるまいか。日本人は米、英人に比べて二倍否それ以上の魚肉を食べてゐるのだ」
 と書いている(ともに『「日本スゴイ」のディストピア』より)。70年以上前の科学的知見とはいえ、この根拠のなさときたら、もはやギャグのレベルである。



「でも敗戦までに大日本帝国が作り上げてきた動員のためのイデオロギーや制度は滅びてしまったわけではなく、今もまだ息づいていると思います。最近ではブラック企業が問題になっていますが、人々をタダ働きさせる『奉仕』『奉公』思想は連綿と受け継がれてきていて、それを企業が再生産しているに過ぎません。少し前に子どもたちに教育勅語を暗唱させる森友学園が問題になりましたが、かつての天皇儀礼などは確かに戦後解体されたので、現代とはつながっていない部分もあります。しかし教育勅語的な精神は、形を変えて今も受け継がれている。ある部分は戦前とはつながっておらず、でも別の部分はつながっている。そういう複雑な構造になっているのが現代の姿なのです」

疑似「戦前」が、「日本らしさ」にすりかえられる



 最近(2017年4月末現在)はミサイル騒動の陰に隠れてしまったものの、つい先日までメディアは森友学園の問題で持ちきりだった。学園側が大阪府豊中市の国有地を9割引きで購入したことや、名誉校長に就任した安倍昭恵夫人が寄付金を渡した疑惑などを巡り、籠池泰典前理事長やその家族をテレビで見ない日はなかった。
 森友学園は金絡みの問題が多かった印象だが、かねてよりネット上では「教育勅語を子どもに暗唱させ、中国や韓国を敵視するような教育をしている幼稚園(塚本幼稚園)が大阪にある」と、その教育内容でたびたび話題になっていた。早川さんは5〜6年前から「実は密かにウォッチしていた」と明かす。

「教育の基本として教育勅語を学園サイトに掲載しているのですが、それは現代語訳版なんです。国民道徳協会というところが訳している、元々の『教育勅語』の後半にあった『以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ』という部分が削り落とされているものです。

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編集者

早川 タダノリ

1974年生まれ。フィルム製版工などを経て、現在は編集者として勤務。ディストピア好きが高じて20世紀の各種プロパガンダ資料蒐集を開始。著書に『「日本スゴイ」のディストピア』(青弓社、2016年)『「愛国」の技法』(青弓社、2014年)、『神国日本のトンデモ決戦生活』(合同出版、2010年)などがある。「虚構の皇国blog」(http://d.hatena.ne.jp/tadanorih/)などでも発信中。

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