連載コラム

2017/8/1FREE

インドネシアの旅

第2回

今森光彦 里山いきものがたり~オーレリアンの庭から

今森光彦

 梅雨明けのちょうどこの頃、アトリエの庭の花々が一斉に咲きはじめます。グラジオラス、ブッドレア、カンナ、ボタンクサギなど、大柄で艶やかな夏花たち。それを待っていたかのように大型のアゲハチョウたちが、日に日に数を増していきます。



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 アトリエのある琵琶湖西岸の仰木の棚田に感動したのは、実は、インドネシアの旅がきっかけです。
 私は、20歳になるかならないかの1970年代の半ば頃に、インドネシアに旅をしました。子どもの頃から憧れだった、熱帯雨林を見るのが目的です。しかし、アマゾンやアフリカは、あまりにも遠すぎて、旅費もかかってしまいます。比較的近場というと東南アジアなのですが、その中でも、物価が安くて治安もそれほど悪くない、それがインドネシアでした。私は、当時、すでに熱烈な昆虫マニアだったので、親しい友人の情報も得ることができました。
 訪れる国は決まった。しかし、インドネシアは、あまりにも広くてポイントを絞れない。でも、居ても立っても居られなくなり、とにかく飛び出そう、ということになりました。
 バリ島を経由して、東に点在するヌサテンガラ諸島を放浪し、アルファベットのKの字を大きくしたようなスラウェシ島にたどり着きました。友人からの情報で、スラウェシ島には、チョウたちが乱舞する“蝶の谷”があることを知っていました。“蝶の谷”は、深くえぐれた渓谷で、イギリスの博物学者、ウォーレスも訪れたと言われている昆虫採集のメッカです。
 私は、そこに長く滞在しましたが、島の北部に分け入ると、もっと森が残っているところがあるということを聞きました。それがスラウェシ島中央部のトラジャ地区です。早速そこを訪れ、おびただしい数の田んぼに出会ったのです。
 トラジャ地区では、ある村の村長さんの家に泊めてもらうことになりました。私が泊まったのは、家というよりは、高床式の米蔵のような小屋で、そこに1カ月も滞在しました。たいへんお世話になっていたので、イネの収穫を手伝ったこともあります。その時の藁を焼く香ばしい匂いと、空までもが黄色く染まりそうな田園風景に、酔いしれるように浸りました。こんなにも豊かな空気感は、日本では絶対に体験できないだろうと確信しました。
 長い旅の最後に、再び、バリ島を訪れました。「田んぼ」に目覚めた私の行き先は、当然、棚田地帯。観光客がまったくいない静なたたずまいの中で、私は、またしても夢のような風景に出会いました。田園の背後に、神々の棲む森につつまれた聖なる山がそびえ、遥か彼方には、海が輝いていました。


 田んぼの中の労働は、とてもつらいものですが、一歩一歩耕してゆくことは、神様の領域に近づくこと。バリ島の圧倒的な風景は、人々の心の中に息づいている風景でした。それまでは、田んぼの広がりを漠然と眺めていた私ですが、この旅を境にして、風景の見方がまったく変わったのです。
 そして、帰国後間もなく、私には「仰木の棚田」という宝物のような風景が待っていました。


■作品展のお知らせ
「今森光彦 自然と暮らす切り紙の世界
 ―里山のアトリエで生まれる命たち―」
開催中〜2017年10月9日(月・祝)
神戸ファッション美術館
〒658-0032 神戸市東灘区向洋町中2-9-1

「今森光彦 写真&ペーパーカット展
 楽園の昆虫たち」
開催中〜2017年9月1日(金)
ノエビア銀座ギャラリー
〒104-0061 東京都中央区銀座7-6-15
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*写真の複写・転載を禁じます。

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写真家/切り絵作家

今森光彦

1954年滋賀県生まれ。幼い頃から昆虫少年で、大学卒業後に独学で写真を学び、1980年よりフリーランスとなる。以後、琵琶湖をとりまくすべての自然と人びとのかかわりをテーマに撮影している。また、熱帯雨林から砂漠まで昆虫写真を追求し、広く世界の辺境の地まで取材し続けている。木村伊兵衛写真賞(1995年)、土門拳賞(2009年)などを受賞。NHKスペシャルで「里山」をテーマにした番組を多数放映、現在もNHKBSプレミアムにて「オーレリアンの庭 今森光彦の四季を楽しむ里山暮らし」を不定期放映中。主な書籍に、『昆虫記』(福音館書店、1988年)、『里山物語』(新潮社、1995年)、『NHK ニッポンの里山』(NHK出版、2014年)、『今森光彦の心地いい里山暮らし12か月』(世界文化社、2015年)ほか多数。

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