連載コラム

2017/9/5FREE

田園に通う

第3回

今森光彦 里山いきものがたり~オーレリアンの庭から

今森光彦

 田んぼの稲穂が日に日に黄色くなっていきます。ここ10年は、温暖化の影響でしょうか、9月になっても真夏のような日差しが照りつけることが多くなりました。でも、山辺に行くとクズの甘い香りがしますし、土手に目をやるとアキノタムラソウが薄青色の花を咲かせています。いくら暑くても、自然は、確実に秋に向かって進んでいるようです。


 20歳の頃、琵琶湖西岸の仰木(おおぎ)の棚田に出会ってから、私は足繁くここを訪れるようになりました。水田、ため池、雑木林などが、程良い間隔で点在していたので、申し分のない里山の自然が息づいていたのです。ここを観察場所にしながら、私は、プロの写真家になりました。自然相手の仕事なので、田園通いには当然拍車が掛かりました。
 何度も通っているうちに、風景が美しいことはもちろん、想像以上に数多くの生きものが生息していることに驚きました。実際にどんな生きものに出会ったかは、これから、機会があるごとにお話しすることにします。


 田園の農道を車で走り、あぜ道を歩く。そんな日が、何年も続きました。あぜ道は、通っていない所がないくらい、くまなく散策しました。ほとんどの農家の人と顔見知りになりましたが、最初は、平日だというのに不審な男が田んぼをウロウロしていると噂になったこともありました。カメラを持っていると、写真を撮っていることがわかるのですが、生きものを観察している時は、同じ所にじっとしていたり、キョロキョロしていたりすることが多いので、風変わりな人に見えるみたいです。
 現在、昔ながらの棚田が残っているのは、私のアトリエに面した谷あいの上流域だけで、その大部分の田んぼは圃場(ほじょう)整備されて区画が大きくなり、あぜ道も直線的になりました。30年以上前は、仰木から伊香立(いかたち)という地区にかけて、県内で最も大きな棚田が広がっていたのです。整備はされたものの、土手はコンクリートを使わずに土で再生されたので、長い年月が経過して、少しずつ在来の植物が戻ってきたことに救われます。今も気持ちの良い田園風景が眺められるのはうれしいことです。


 そんな、学生時代から、30歳になるまでの10年間のフィールドワークをまとめたのが、写真集『今森光彦 昆虫記』(福音館書店、1988年)です。この写真集をご覧いただくと、田園の豊かさをひと目で理解していただけることでしょう。それと、20代の私が、撮影に費やした膨大な時間のことも……。
 田園に通い、撮影や生きもの観察で忙しい日々を送る中で、私は不思議なことに気づきはじめました。それは、私のライフワークとなる大切な仕事に結びついてゆきます。それについては、次回お話ししましょう。



*写真の複製・転載を禁じます。

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写真家/切り絵作家

今森光彦

1954年滋賀県生まれ。幼い頃から昆虫少年で、大学卒業後に独学で写真を学び、1980年よりフリーランスとなる。以後、琵琶湖をとりまくすべての自然と人びとのかかわりをテーマに撮影している。また、熱帯雨林から砂漠まで昆虫写真を追求し、広く世界の辺境の地まで取材し続けている。木村伊兵衛写真賞(1995年)、土門拳賞(2009年)などを受賞。NHKスペシャルで「里山」をテーマにした番組を多数放映、現在もNHKBSプレミアムにて「オーレリアンの庭 今森光彦の四季を楽しむ里山暮らし」を不定期放映中。主な書籍に、『昆虫記』(福音館書店、1988年)、『里山物語』(新潮社、1995年)、『NHK ニッポンの里山』(NHK出版、2014年)、『今森光彦の心地いい里山暮らし12か月』(世界文化社、2015年)ほか多数。

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