時事オピニオン時事問題や社会現象、文化、スポーツまで現代の動きを各界の専門家が解説。

2017/2/17FREE

永続敗戦レジームからの脱却に向けて(3)

『新しい日米外交を切り拓く』刊行記念シンポジウム講演録

時事オピニオン

白井聡

「永続敗戦レジームからの脱却に向けて(2)」からの続き。
[この記事は、2016年11月26日に東京の星陵会館で行われた『新しい日米外交を切り拓く』(猿田佐世著、集英社クリエイティブ)の刊行記念シンポジウム「新しい日米外交を切り拓く−過去・現在・そしてアメリカ大統領選を経て」(新外交イニシアティブ主催)での白井聡さんの講演をイミダスサイト上に再録したものです。]



収奪の構造へと変化した日米関係で「国富」が次々と売り飛ばされる



 では、なんでそうなったのか? ここで、少し話が戻りますけれど、結局のところ、現在も日本の権力の主流部分――これは政治の世界のみならず、官界も経済界も、あるいはメディアの世界も、あるいは学問の世界まで含めてですが――、特に政界やメディアの世界で「敗戦後、アメリカによって免責してもらうことによって、復活した人たち」が、その権力の中枢に居座り続けてきたことが大きい。それによってできた構造が不動化している。
 それでも、例えば岸信介だとか、正力松太郎だとか、敗戦直後期の人たちというのは、その「功罪」を慎重に論じなければならない対象であって、なかなか一筋縄ではいかないのです。非常に食えないオヤジたちで、最大限好意的に見るならば、この人たちは、アメリカに対するある種の「面従腹背」をやったとも言える。要するに、戦争でボロボロになってしまった国を、どうやって復興するんだと。そのときに、アメリカの力を借りるほかないんだということで、言ってみれば、アメリカに従属をしながら、アメリカの力を使って、アメリカと対等化することを目指すという、非常に複雑なゲームを演じたわけであります。
 ところが、世代的に言うと、この人たちが戦後一代目の支配層だったとすると、今、ジェネレーションがめぐって、岸信介の孫の安倍さんが首相を務めているように「三代目」になっているんです。会社なんかもそうだと思いますけれども、世襲制には、だいたい三代目ぐらいになると、アーパーになってくるという傾向があって、まさにそれが起きている。対米従属が、復興・発展のための従属ではなくて、自己目的化した従属になってしまった。ですから、根本的な条件の変化が起きたのに、適応できないわけです。
 だから、先ほど収奪に転じたということを申しましたけれど、それに抵抗するのではなく、むしろそのお先棒を担ぐような振る舞いをし始める。そういったことを、いったいいつまで、この人たちはやるんだろうか。
 例えば今度、TPPがポシャって、より厳しい状況になってきたとき、日本の国民皆保険システムを売り渡すのか。あるいは、水道の民営化などといった要求が考えられる。今、権力の中央部で切り盛りしている人たちは、いったいどこまでそのような国富の切り売り、有形無形の国富を売り渡すということをやるんだろうか。
 私たちが、どうにかしてそれを力ずくで止めない限り、彼らはそれを続けるだろうと思います。言ってみれば、国富の最後の一片に至るまで、切り売りを彼らは続けるだろう、私はそう思います。
 第二次世界大戦の経験からの類推としてそう考えるわけですけれども、あの当時、国体護持ということを戦争指導者たちはひたすら目指していた。国体護持のためだったら、どんな犠牲をも厭わない考えでしたし、最終的に本土決戦を回避したのもそれをやると国体護持が不可能になるからということであって、徹頭徹尾、国民の生命の保護という国家本来の目的は、どうでもよかったわけです。
 つまり、日本にはこういう形で、国民の真の利害が無視されてきたという歴史がある。そして、そのようなレジームは、戦後の民主化によって克服されたはずだという建前を維持してきたけれども、本当は克服されていない。だとすれば、今日のエリートは、どういう行動様式を取るだろう。71年前の事実から考えてみると、あのときと全く同じ行動様式を取るだろうと推測するのが、私は最も合理的だろうと思います。

戦前の「天皇制」と「国体」の物語が「対米従属体制」へと引き継がれた



 日本国民はなぜ、こんな体制を、許してきているのだろうかというのが実は最大の問題なのであって、私はそのことをテーマに次の本を、今、準備しています。それは、『永続敗戦論』以来の、日本の対米従属の特殊性を考察するものとなります。
 戦後の日米関係は、世界に類を見ない特殊な対米従属体制である。なぜか。もちろん、世界中に対米従属している国は、山ほどあるわけです。だから、その従属していること自体を、恥ずべきことだと言ったところで、埒の明かない話で、ほとんど意味がありません。ところが、特殊だというのは何かというと、多くの日本人は、アメリカと日本が相思相愛の関係に基づいて日米関係があるんだと、そういうふうに考えているところに、その特殊性があると思います。
 普通の国の支配・従属の関係というのは、利害に基づくものですから、つまり親分からすると、こいつを子分にしておくと、都合がいいので子分にする。子分からすると、こいつを親分だということにしておくと都合がいいから子分になる。このようにして親分・子分関係が成り立ちますから、利害関係の基礎が変わると親分・子分関係も変化するということになります。
 冷戦の崩壊は、まさにそのような利害関係の根本の変化だったわけですが、日米関係の場合は、反対に従来の親分・子分関係が、むしろ露骨に強化されるということで、この二十数年間が経過しているわけです。
 それは何を意味するのか。まさにこの間、あるいはもう冷戦末期のころからですけれど、日米関係について、異常に情緒的な言葉遣いが多用されるようになってきたという、顕著な傾向があると思います。
 それは中曽根首相とレーガン大統領の時代の「ロン・ヤス関係」という言葉に象徴されますし、その辺の冷戦末期の時期から始まったんじゃないかと推測されます。それから「思いやり予算」などと言い出し、あるいは「トモダチ作戦」などとも言っているわけです。これらはすべて、日米関係は、国同士の普通の関係じゃない、真の友情・愛情に基づくものだというイメージを醸成するために、振りまかれている言葉だと、私は考えています。
 もちろん、こんな見方は日本側の勝手な妄想であって、勝手な片思いです。

イメージ

政治学者、京都精華大学人文学部専任講師

白井聡

1977年東京生まれ。政治学者、思想史家。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業、一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程単位修得退学。博士(社会学)。主な著書に『戦後政治を終わらせる』(2016年、NHK出版新書)、『「戦後」の墓碑銘』(15年、金曜日)、『永続敗戦論』(13年、太田出版、第35回石橋湛山賞、第12回角川財団学芸賞)、『「物質」の蜂起をめざして』(10年、作品社)、『未完のレーニン』(07年、講談社選書メチエ)、共著に『属国民主主義論』(16年、東洋経済新報社)、『偽りの戦後日本』(15年、KADOKAWA)など。(2016.12)

その他の時事オピニオンを読む

イメージ

2017/2/24FREE

マタハラ解消に向けた大きな一歩

法改正をきっかけに、すべての人が働きやすい職場環境へ
小酒部さやか

イメージ

2017/2/17FREE

永続敗戦レジームからの脱却に向けて(1)

『新しい日米外交を切り拓く』刊行記念シンポジウム講演録
白井聡