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2017/4/14FREE

シリア難民問題から西欧人権主義の欺瞞と「領域国民国家」の限界を考える

中東地域・人々のために、今、私たちに何ができるのか?

時事オピニオン

内藤正典
構成・文/川喜田研

 500万人を超えるシリア難民をめぐって、ヨーロッパでは排外主義が高揚する一方、シリアの隣国トルコでは300万人もの難民を受け入れてきた。「たる爆弾」の恐怖から逃れるシリア難民のために何ができるのか。イスラム教徒の国トルコでの難民支援の実際を踏まえながら、内藤正典さんが西欧社会の欺瞞と限界を問う。



深まるヨーロッパと中東の溝



 2017年3月15日に行われたオランダの総選挙で、マルク・ルッテ首相率いる与党・自由民主党(VVD)が33議席を獲得し勝利した。EU離脱を主張し、移民・難民の排斥、コーランの禁止やイスラム教モスクの閉鎖など、過激な反イスラム主義を訴えていたヘルト・ウィルダース党首の自由党(PVV)は、5議席増の20議席にとどまり「反イスラム主義のポピュリスト政党」が第一党となるという「最悪の事態」を辛うじて逃れたことになる。
 だが、この選挙が行われる3日前の3月12日には、ロッテルダムで行われるトルコ系住民集会に参加しようとしたトルコ外相の入国を、オランダ政府が拒否。これをきっかけに両国の関係が急激に悪化し、激しい非難の応酬を繰り返した両国は事実上の断交状態に陥っている。また、選挙に勝利した与党の自由民主党も、PVVほど極端ではないものの、移民・難民対策に関しては厳しい姿勢を打ち出しており、選挙直前に起きたこの「トルコとの外交問題」で政府が強い態度を示したことが、結果的に与党の勝利に影響したと見る向きもあるようだ。
 ちなみに、日本では一般に「極右政党」と呼ばれているウィルダースの自由党も、実際には「極右」ではなく、むしろ「リベラルが暴走したもの」と捉えるべきだろう。「欧州のリベラル」は他人に干渉せず、また、他人の干渉を受けることもひどく嫌う。
 そして、彼らはイスラムを「押し付けがましい宗教」と断じたために、自分たちの社会からイスラムを猛烈に排除したがるのだ。そこにはもう、リベラル=寛容というイメージは存在しない。「自分たちと異質なもの」を排除することで「自由」を守ろうという、リベラルの「別の顔」が、今や、欧州の社会で露わになりつつあるのである。

シリア難民の防波堤、トルコの影響力増大



 4月末〜5月にはフランスの大統領選挙、9月にはドイツ総選挙と、今年、重要な選挙が続くヨーロッパで深まりつつある「中東」との溝。欧州各国で広まる「移民・難民排斥」や「反イスラム主義」的なポピュリズムの波が「EU崩壊の危機」を招きかねない状況の中、「シリア難民問題」に大きな影響力を持つトルコと、欧州諸国との関係は17年の国際情勢を考える上で、非常に重要なポイントになりつつあると言えるだろう。
 国連高等難民弁務官(UNHCR)事務所によると、2011年から約6年間で、シリア難民の数は実に500万人を超え、そのうち、トルコは300万人を受け入れている。
 これ以上の難民流入は何としても避けたいEU諸国にとって、最大のシリア難民を国内に抱えるトルコは、事実上「難民の防波堤」としての役割を果たしていると言っていいだろう。EU加盟28カ国(既に離脱を決めたイギリスを除けば27カ国)全体で、およそ100万人のシリア難民を受け入れただけでも、難民・移民問題をめぐって排外主義が一気に高まり、各国の政権が引っくり返りかねないという状況に直面しているEU諸国にとって、シリア難民問題の今後は文字通り「死活的」に重要な課題となっている。

寄付金で賄われているトルコでの難民支援



 今年(2017年)の2月、私の所属する同志社大学で「混沌の中東地域:人々のために私たちができること――シリアの都市アレッポで何が起こっているのか」と題する国際会議が行われた。この会議の基調講演をしていただいたのは、トルコに本拠を置く人道支援NGO「IHH」(トルコ人道支援復興基金)の上級代表、ムスタファ・タッラー・ケスキン氏だ。


 ケスキン氏には、長く続く戦争に苦しむシリア市民たちの窮状や、内戦の現状、そして、昨年「アレッポ陥落」の際に彼らが行った、大規模なアレッポ市民救出作戦など、IHHがシリア難民支援のために行っている人道支援活動について講演していただいたのだが、そこで、改めて驚かされたのが、彼らが担う人道支援活動の規模の大きさと、その活動資金の多くが政府からではなく、一般からの「寄付」によって賄われているということだ。
 IHHの活動は難民キャンプの運営、生活支援、食糧支援、水・衛生管理、教育の提供といった、いわゆる人道支援だけでなく、紛争地での医療、救援活動、国外からの支援と地域とのコーディネーションや、反対勢力との仲介、捕虜の解放交渉まで多岐にわたる。
 現在、トルコ国内でシリア難民たちのための、8カ所のコンテナ・キャンプ(合計6850戸のコンテナハウスを設置)と22のテント村(1万2500張のテントを設置)を運営。16年だけでも、総計4500万ドルの食糧・衣料援助を行い、7000人を超える戦災孤児たちへの生活支援のほか、347の学校で15万7000人に教育の機会も提供している(IHH発表による)。
 中でも圧巻は、昨年、IHHが行った陥落直前のアレッポでの「市民救出作戦」で、数百台のバスをチャーターしてコンボイを組み、激戦が続くアレッポ市街からの住民避難を支援したことだ。これほどのオペレーションを民間のNGOが行うというだけでも驚きだが、その活動資金をトルコ政府はもちろん、他のどこの国からの支援も受けず、寄付金だけで賄っているという事実を、にわかには信じられない人も多いのではないだろうか(余談ながら、IHHは中東のみならず、世界各国で人道支援を展開しており、11年の東日本大震災の際にも、東北に赴き、現地で日本の被災者の救援活動を行っている)。

なぜトルコでは排外運動が起きないのか



 実はここに「イスラムの底力」が示されている。今、自分たちの目の前に「困っている人たち」がいるのならば、あれこれと迷わず、「まずは救いの手を差し伸べる……」というのは、イスラム教の教えの中でも、とても重要な部分であり、その「弱者には施しを行う」という精神が、こうした民間による大規模な支援活動や、それを資金面で支える巨額の「寄付」が集まるための大切な基礎となっているのだ。
 それは、過激思想やテロというネガティブなイメージばかりが広がっている、イスラム教が、本来、備えている重要な側面のひとつであり、彼らは「難民が入ってきたらメンドウだな」とか、「連中がこのまま居ついたら困る」といった、先の心配をするよりも、まずは「目の前にいる、苦しんでいる人たちを助ける」ことを優先して考えるのである。

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同志社大学大学院グローバルスタディーズ研究科長

内藤正典

1956年生まれ。79年東京大学教養学部科学史・科学哲学分科卒業。ダマスカス大学留学を経て、82年東京大学大学院理学系研究科地理学専門課程(博士)中退。一橋大学大学院教授を経て、現在同志社大学大学院グローバルスタディーズ研究科長・教授。専門は、現代イスラーム地域研究。『トルコのものさし、日本のものさし」(1994年、筑摩書房)、『イスラーム戦争の時代』(2006年、NHK出版)、『イスラムの怒り』(2009年、集英社新書)、『イスラム――癒しの知恵』(2011年、集英社新書)、『イスラームから世界を見る』(2012年、ちくまプリマー新書)など多数。

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