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2017/5/16FREE

フランス大統領選挙が浮き彫りにした、大都市と地方の亀裂(2)

史上最年少の新大統領はフランスを統合できるのか?

時事オピニオン

熊谷徹

「フランス大統領選挙が浮き彫りにした、大都市と地方の亀裂(1)」からの続き。

右派・左派の反EU陣営が約41%に



 エマニュエル・マクロンにとって無視できない、もう一つ衝撃的な事実がある。それは、第1次投票で欧州連合(EU)離脱を求める勢力の得票率が40%を超えたことだ。EU離脱を求めているのは、右派ポピュリストのマリーヌ・ルペンだけではない。左派ポピュリストのジャン・リュック・メランションも、反EU勢力である。2人の得票率を合わせると、40.88%に達する。第1次投票での有効投票数は、約3606万票。EU創設国の1国であるフランスで、1474万人もの市民がEUに背を向けた事実は、重い。
 また国民戦線FN)の得票率が、大統領選挙の第1次投票で初めて20%を超えたことも、フランス人たちを震撼させた。このときにルペンを選んだ有権者数は、約766万人にのぼる。前回、つまり12年の大統領選挙の第1次投票では、ルペンの得票率は17.9%にすぎず、2位のニコラ・サルコジに約10ポイントも引き離されていた。だが今回の第1次投票では、ルペンとマクロンの得票率の差は、2.7ポイントにすぎなかった。ルペンはあと一歩で首位に立つところだった。
 FNが決選投票に参加したのは、今回が初めてではない。02年にルペンの父親ジャンマリー・ルペンが16.86%の得票率を記録し、ジャック・シラク元大統領(19.88%)と決選投票に進出した。決選投票ではジャンマリーの得票率は17.79%に留まった。つまり当時に比べると、今回の選挙でマリーヌ・ルペンの得票率は大幅に増えているのだ。
 ジャンマリーは、「アウシュビッツのガス室は第2次世界大戦の細部にすぎない」などと公言するネオナチで、裁判所から有罪判決を受けている。このため02年にジャンマリーが第1次投票で第2位になったときには、パリを中心として約100万人の市民が大規模な抗議デモを行った。シラク元大統領は、「ネオナチとテレビで討論するのは、不名誉だ」として決選投票前に予定されていたジャンマリーとのテレビ討論をキャンセルした。
 だが今回の選挙では、娘のマリーヌが決選投票に進出しても、フランスで大規模な抗議デモは起こらなかった。テレビ討論も通常通り行われた。つまりフランス社会・政界の中でFNはもはや泡沫政党ではなく、無視できない政治勢力にのし上がったのである。大統領になることには失敗したが、得票率を見ればFNの躍進は明白である。

「極右」のイメージを薄めて中間層に食い込む



 なぜルペンの人気は高まったのだろうか。彼女はEU、ユーロ圏からの離脱を求め、現在はシェンゲン協定によって廃止されている国境検査を復活させることを提案していた。フランスに不法に滞在する移民を直ちに国外追放するとともに、犯罪を犯した外国人の滞在権を即時剥奪することも要求していた。合法的な移民数も、毎年1万人に制限するとともに、就職や社会保障では、外国人よりもフランス人を優先する。いわば「フランス・ファースト」の政策である。
 ただし彼女は、「FNは極右」というイメージを極力薄めようとした。たとえばルペンは党員に対して、外国人をあからさまに差別する発言や、ネオナチのような極端な発言を禁じた。彼女は、父親のジャンマリーがそうした発言を繰り返したので、父親を党から除名したほどである。またルペンは女性や同性愛者の権利保護を強調するとともに、富裕層や大手金融機関を批判することで、共産主義的な姿勢も打ち出し、左派の市民の心をとらえようと試みた。彼女が第1次投票で約21%、決選投票で約34%という高い得票率を得た背景には、ルペンがFNを甘いオブラートに包んで、有権者に受け入れられやすい政党に改造したという事実がある。実際ルペンは、2022年の選挙へ向けて党の名前を変えることも検討している。

フランスでも都市と地方の格差が拡大



 さらに、ルペンにとって追い風となったのは、「大都市と地方の格差」、そして「庶民のグローバル化への不信感」だった。アメリカでトランプを大統領に就任させ、イギリスでBREXIT派を勝たせた格差問題は、フランスをも侵食しつつある。
 第1次投票と決選投票の結果は、マクロンの得票率が大都市で高く、ルペンの得票率が地方の小都市や農村部で高かったことを示している。たとえば決選投票で、マクロンのパリでの得票率は約90%。ルペンは10%しか取れなかった。ロンドン同様に、パリはグローバル化の恩恵を享受している市民が多い。他の大都市でも、マクロンは圧倒的に強かった。これに対し北部のパ・ド・カレー県では、ルペンの得票率が約52%と、マクロン(48%)を上回った。
 フランスの日刊紙「ル・モンド」は、第1次投票後の4月27日に、ある地図を掲載した。この地図には、マクロンの得票率がその全国平均(24.01%)を上回った地域と、ルペンの得票率がその全国平均(21.30%)を上回った地域が色分けされている。そこには、パリやリヨン、ストラスブール、ボルドーなどの都市部でマクロンが圧倒的に強く、それ以外の地域でルペンが強いことがくっきり示されている。あたかもルペン支持派が、都市をぐるりと包囲しているかのように見える。
 また両候補は、フランスを東西に分断した。マクロンが中部から西部で高い得票率を記録したのに対し、ルペンは北東部と南東部で多くの支持者を集めた。
 フランスの地方都市や農村部では、今も産業の空洞化が進行している。17年1月には、アメリカの家電メーカーのワールプール社が、フランス北部のソンム県アミアンにある乾燥機工場を閉鎖し、生産拠点をポーランドに移すと発表した。この工場で働いていた290人の市民が路頭に迷う。ドイツ経済研究所(IW)によると、2015年のフランスの工場労働者の1時間あたりの労働費用は37.47ユーロで、ポーランド(7.69ユーロ)の4.9倍。労働費用の高さが裏目に出た。この地域では2010年以降、タイヤやマットレスなどのメーカー3社が工場を閉鎖しており、2000人近い市民が職を失った。

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ジャーナリスト

熊谷徹

1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局在勤中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツのミュンヘン市に在住。統一後のドイツの変化、ヨーロッパの政治・経済統合、安全保障問題、エネルギー・環境問題を中心に取材・執筆を続けている。著書に『新生ドイツの挑戦』(1993年、丸善)、『びっくり先進国ドイツ』(2004年、新潮社)、『顔のない男―東ドイツ最強スパイの栄光と挫折』(2007年、新潮社)、『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争の真実』(2012年、日経BP社)、『日本とドイツ―ふたつの「戦後」』(2015年、集英社)、『偽りの帝国―緊急報告・フォルクスワーゲン排ガス不正の闇』(2016年、文藝春秋)など多数。『ドイツは過去とどう向き合ってきたか』(2007年、高文研)で第13回平和・協同ジャーナリスト奨励賞受賞。ホームページはhttp://www.tkumagai.de/

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