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2017/8/25FREE

韓国は「地獄」のような社会から抜け出せるのか

「普通の人間らしさ」を求める若者たち

時事オピニオン

朴順梨

2014年のセウォル号事件以降、混乱が続いた韓国社会。朴槿恵(パク・クネ)前大統領の罷免を受けて行われた2017年5月の韓国大統領選挙では、生きづらい今の韓国社会を変えたいと願う人々の姿が浮き彫りになった。文在寅新政権発足100日を迎え、韓国社会はどこに向かおうとしているのか。



朴正煕の亡霊はまだ生きている?



 緑の並木道に、涼しい風が通り抜けていく。日は暮れかけていたものの、青々とした葉が目にまぶしい。この並木道の向こうには、一体何があるのだろう。
「きっと、一番いいものに違いないと思う」
 朝ドラでも使われた、『赤毛のアン』の一節を思いながら歩く。そんな私の目に飛び込んできたのは、ブロンズ色の朴正煕(パク・チョンヒ=1963年〜79年に韓国大統領)の銅像だった。彼の表情が確認できる距離まで近づくと、私のロマンチックな妄想はバリバリと打ち砕かれた。
 韓国の慶尚北道にある亀尾(グミ)という市は、朴正煕の生家があったことで知られている。人口は約42万人。大邱(テグ)市にほど近く、東レの子会社など日系企業の工場も進出している。現在、朴正煕の生家は復元され一般に公開されているが、その敷地に銅像がドンとそびえ立っているのだ。
 2016年、崔順実(チェ・スンシル)という民間人を国政に介入させたことによる「崔順実ゲート事件」から沸き上がったろうそくデモを経て、朴槿恵前大統領は罷免された。そして新しい大統領が選ばれようとしている今、朴槿恵とその父・朴正煕を支持し続けてきた「地元の空気」はどうなっているのか。それを知りたくて韓国大統領選挙2日前になる今年(2017年)5月7日、この地を訪れた。夕方だったこともあり客はまばらだった。それでも派手な登山系ジャンパーを着たマダム2人組が、銅像を前に自撮りに励んでいた。
 私が「撮影しますよ」と話しかけ、あさっては誰に投票するのかとさりげなく質問すると、すぐに「洪準杓(ホン・ジュンピョ)」という声が返ってきた。 洪準杓は朴槿恵が所属していた、旧セヌリ党の流れをくむ自由韓国党の候補者だ。
 続けて、「大邱=馬山間高速道路竣工」など、敷地の別の場所にある朴正煕の功績について書かれたパネルを眺めていた、70代と思しき男性にも話しかけてみる。やはり彼も「洪準杓」と答えた。そしてこう続けた。

「朴正煕のおかげで、韓国は豊かになったんだ。朴正煕がいなければ今頃、北韓(北朝鮮の韓国での呼び名)以下の国だったろう。ドイツが金を貸してくれたから経済が成長して、セマウル(新しい村づくりの意)運動でその金を返すことができたんだ。なのに盧武鉉(ノ・ムヒョン=2003年〜08年に第16代韓国大統領)や金大中(キム・デジュン=1998年〜2003年に第15代韓国大統領)は北韓に金を渡して、いいように使われてしまって!」

 朴正煕の亡霊は生きている。

 朴正煕の娘である朴槿恵が大統領となった2013年から16年までの韓国を注目し取材していた私は、ずっとそう考えていた。12年12月の選挙で大統領に当選した娘の朴槿恵は、彼ら彼女らのような「朴サモ」(朴槿恵を熱烈に愛する人たち)に支持されてきた。しかし朴サモは朴槿恵その人ではなく、“朴正煕の娘”を見ていたのではないか。だからた「崔順実ゲート事件」が起きてもまだ、朴家への思慕をやめないでいる。自由韓国党(旧セヌリ党)の大統領候補者の、洪準杓を迷いなく支持するのではないか。
 個人的には理解の範疇を超えていた。帰りがてら並木道の両脇に置かれた、「輸出100億ドル達成」「ソウル―釜山高速道路開通」「韓日国交正常化」などと書かれた、これまた朴正煕の功績を刻んだ石碑を眺めるうちに、おかしささえこみあげてきた。

「ヘル朝鮮」(地獄のような朝鮮)を変えたいし、私たちも変わりたい



 この数時間前、私は釜山(プサン)にある、韓国大統領選の有力候補(当時)で、〈共に民主党〉の文在寅(ムン・ジェイン)キャンプ(選挙事務所)を訪ねていた。免税店やデパート、飲食店などが並び、連日観光客や地元の若者で賑わう西面(ソミョン)地区の10階建てビルの、8階にキャンプはあった。
 フロア中央には椅子とテーブルが置かれ、集会スペースになっていた。その一角を陣取る無料軽食コーナーのシルトッ(餅の一種)に手を伸ばす私の前を、せわしなく人々が通り過ぎていく。どの人も表情に、余裕と自信があるように感じられた。同時に、若者が多い印象だった。
「2012年の選挙も負けないと思っていたのに、考え直してみると応援組織が弱かったのかもしれない。人々の支持も足りなかった。でも今は組織を新しく作り直したし、国会議員には(文在寅が所属する)〈共に民主党〉の人が増えました。だから圧倒的に勝っている状況です」
 SNS対策チームの、キム・ミンウさんは言った。彼女はツイッターで彼女の1万人以上のフォロワーに対して、文在寅候補(当時)の情報を発信していた。彼女と一緒にいた20代のキャンプボランティアたちに、「なぜ文在寅を支持するのか」と質問した。
「国民とコミュニケーションをとろうとしているし、人権弁護士として活躍してきた彼にはカリスマ性がある」
「上から押し付けるのではなく、皆で韓国を変えていこうという姿勢に新しいリーダーシップを感じるから」
 など、次々に声が上がった。韓国での若者の生きづらさを表す「ヘル朝鮮」という言葉があるが、ミンウさんによると「これが国かよ!」という叫びのニュアンスもこめられているという。
 まさに「ヘル朝鮮」時代だった、朴槿恵政権の4年間(2013〜16年)とは何だったのか。
 多くの人に悲しみと衝撃を与えたのは、なんと言っても大人が子供を守らなかった、2014年のセウォル号事件(韓国南西部の珍島沖にて豪華客船が沈没し、不適切な避難誘導で死者・行方不明者が300人を超えた事件)だろう。15年6月にはMERS(中東呼吸器症候群)騒動が起き、当時忠清南道に短期留学をしていた私には、大学から週末のたびに、外出禁止令が言い渡された。そして極めつきは、16年に発覚した崔順実ゲート事件だ。
「これが国かよ!」
 と彼ら彼女らが叫びたくなるのは無理もない。亀尾の中高年はさておき、若者の間からは「こんなヘルな国を変えたいし、自分たちも変わりたい」という気持ちが痛いほど伝わってきた。

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ライター

朴順梨

1972年、群馬県生まれ。早稲田大学卒業後、TV制作・情報誌編集を経てフリーライターとなり、「AERA」等に寄稿。元・在日韓国人三世。著書に『奥さまは愛国』(北原みのりとの共著、河出書房新社、2014年)『韓国のホンネ』(安田浩一氏との共著、竹書房、2013年)『離島の本屋』(ころから、2013年)などがある。

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