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2017/2/13FREE

奨学金が日本を滅ぼす!?

再生産不可能社会を招く若者の危機

時事オピニオン

大内裕和

 奨学金問題への注目が続いている。政府は世論や社会運動の高まりを受けて、2016年に返済不要の給付型奨学金導入を決定した。給付額は国公立大の自宅生が月2万円、国公立大の下宿生と私立大の自宅生は月3万円、私立大の下宿生は月4万円とされ、18年度から本格的な運用を開始。特に学費負担の重い、私立大の下宿生については17年度より先行実施される。
 この給付型奨学金の導入は、従来「貸与のみ」であった日本の奨学金制度を改善する、重要な一歩であることは間違いない。しかし、日本学生支援機構による奨学金の貸与人数は、すでに132万人に達している(15年度)。今回の給付型奨学金の対象となるのは各学年2万人と極めて限定的であり、大半の利用者が学費を借りなければならない状況は、今後も続くことになりそうだ。

なぜ奨学金を借りるのか?



 奨学金問題とは何か。それは第一に、ひと昔前と今とでは全く異なる“奨学金利用者の激増”という事態である。
 今、大学生の子を持つ父母世代よりも上の世代の人々は、1960〜70年代の高度経済成長期に確立された年功序列型賃金制度によって、「子どもが成長する頃には賃金が上がる」という恩恵にあずかってきた。しかし90年代に入ると、経済事情の変化などで、企業がこの賃金制度を維持できなくなってきた。それよって、奨学金を借りることなしには、子どもを大学に通わせるのが困難な家庭が増加した。
 全大学生(学部生・昼間部)の中で奨学金を利用している人の割合は、1996年の21.2%から2012年には52.5%に急上昇している。
 今の中高年世代は、奨学金と聞くと、経済的に厳しい家庭の出身者のみが利用するものというイメージを持っている人が多い。しかし、現在の奨学金は、経済的に厳しい状況に置かれた少数の学生に限られた問題ではなく、大学生の多数に関わる問題となった。奨学金を利用することなしには、大学進学できない学生が多くを占めるようになったのである。
 第二に、奨学金制度も大きく変化した。無利子から有利子への移行が進んだのである。かつての日本育英会の奨学金には利子がつかなかった。しかし1984年の日本育英会法の全面改正によって、奨学金に有利子枠がつくられた。
 有利子貸与奨学金の増加に拍車をかけたのが、99年4月に出された「きぼう21プラン」である。有利子貸与奨学金の採用基準が緩和されるとともに、貸与人数の大幅な拡大が図られた。財政投融資から日本育英会への支出は、98年の498億円から99年の1262億円へと1年間で約2.5倍に増加し、2001年には有利子貸与が無利子貸与の貸与人数を上回った。
 そして04年に日本育英会は廃止され、日本学生支援機構への組織改編が行われた。07年以降は、銀行などからの民間資金の導入も始まった。この過程で有利子奨学金が制度の柱となり、1998〜2013年の15年間で貸与人員は約9.3倍、事業費は約14倍にも膨れ上がったのである。

正社員になっても返せない



 第三に、若年層の貧困化による返済困難である。1990年代前半のバブル経済崩壊後、新卒学生の就職状況はそれまでと大きく変わった。文部科学省の「学校基本調査」によれば、大学卒の就職率は91年の81.3%から急速に低下し、2003年には55.1%となった。その後も厳しい状況は続いている。
 何とか職を得ることができても、新卒時から契約社員や派遣社員、アルバイトなどの非正規雇用に就く人が増加している。非正規雇用労働者の多くは、正規雇用労働者よりも低賃金である。12年の総務省統計局「就業構造基本調査」で見ても、パート、アルバイト、派遣、契約などの非正規雇用労働者の90%以上が年収300万円未満となっている。
 こうした非正規雇用労働者の増加に引きずられて、正規雇用労働者の働き方も変化し、その待遇が低下してきている。ボーナスがなかったり、初任給や昇給が低く抑えられるケースも多い。こうした低待遇の正規雇用労働者のことを「周辺的正規労働者」と呼ぶが、16年時点で年収300万円未満の正規雇用労働者は1052万人。正規雇用全体の31.8%を占め、その数は年々増加している。大学を卒業して就職できたとしても、低賃金労働者になってしまう可能性は飛躍的に高まっている。これでは、たとえ正社員になっても奨学金は返せない。
 日本学生支援機構の奨学金の延滞者のうち、8割以上が年収300万円未満というデータが出ている。このデータを見ても、奨学金を「返せるのに返せない」という批判は誤っている。失業率の高まり、非正規雇用や周辺的正規労働者の急増など、「若年層の貧困化」が、奨学金返済を困難にしているという構造を捉えることが重要である。

借金を抱えた若者の卒業後



 奨学金利用者の多くは、厳しい経済状況でも何とかやりくりして貸与金と利子を返し続けている。そうして重くのしかかる奨学金返済は、彼らのライフスタイルに大きな影響を与えている。
 特に大きいのは結婚・出産・子育てへの影響だ。奨学金返済は大学卒業後、約15〜20年にわたる。ちょうどこの時期は、親元から独立して、新たに自分たちの家族を形成するという重要なライフイベントと重なる。
 全国の労働団体、労働者福祉事業団体、生活協同組合系団体などで構成される労働者福祉中央協議会(中央労福協)が、15年に行ったアンケート調査によれば、奨学金返済が結婚に「影響している」と回答した人が正規・非正規雇用を合わせて31.6%、出産に「影響している」と回答した人が同21.0%、子育てに「影響している」と回答している人が同23.9%と、かなりの比率に達した。
 わが国では、すでに出生数は大きく減り続けている。ピーク時の1973年に年間209万人を超えていた出生数は、厚生労働省の推計では2016年には100万人を切ったとされている。これは少子化どころか、「再生産不可能社会」の到来とも呼べる深刻な状況である。このままでは日本社会自体が持続不可能となってしまう。生産年齢人口の急減は、日本経済にも甚大なダメージを与えるだろう。

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中京大学国際教養学部教授

大内裕和

1967年、神奈川県生まれ。東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。松山大学人文学部助教授を経て、2007年度より同校教授。11年度より現職。「奨学金問題対策全国会議」の共同代表。教育における「貧困と格差」や中間層解体を研究テーマとする。主な著書に『ブラック化する教育』や『ブラックバイトに騙されるな』『奨学金が日本を滅ぼす』などがある。

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