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2017/3/3FREE

この腐った社会を根こそぎにしてやれ!

貧乏にひらきなおるということは、生きたいように生きるのとおなじことだ

時事オピニオン

栗原康
構成・文/村山加津枝

 ブラック企業に始まり、ブラックバイトにブラック部活……。日本人は、大人も子どももブラックな現代社会で、喘ぎながら暮らしている。「それを打破するには、すべてを根っこからぶち壊しちまいな!」と言い切るのは、独特の文体でつづられた、大杉栄伊藤野枝一遍上人をテーマとした著作が話題の栗原康氏だ。早稲田大学大学院を出てしばらくは年収10万円、親の年金をあてにする実家暮らしを余儀なくされる日々。しかし、いまや「紀伊國屋じんぶん大賞」に3年連続入賞(2015年6位、16年6位、17年4位)、さらに第10回「(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞」を受賞し、注目度ナンバーワン! その栗原氏が、社会にもの申す。


 

大学の管理問題で覚醒!



「スクラム! スクラム! スクラム!」
 早稲田大学の学生部に響き渡る、学生生活課の職員たちの叫び声に、わたしはおもった。
「クソッ! これが権力か」
 その年、2001年、わたしは早稲田大学大学院の修士課程1年だった。2000年前後には早稲田大学を含め、法政大学、東京大学などでも、大学の改革という名のもとに古い建物が壊され新しいビルが建ち、目に見える形で大学の風景が変わっていった。
 早稲田で象徴的だったのが、01年夏の、大学による地下部室の強制撤去だった。
 早稲田の西早稲田キャンパスには、何十年も前の先輩たちが各校舎の地下に切り拓いてきたサークル部室が何カ所もあった。ほこりまみれで、こぎたない空間ではあったものの、そのこぎたなさがまた良かったりもした。講義には出ず、ただただ部室でゴロゴロする。違う学部や大学の学生たちと語り合い、ときに酒を持ち込み、鍋もする自由な空間。30代くらいの、ふだん何をやっているのかわからないようなオッさんもいたりする。学生の自由だ。
 しかし大学は、新しく建てた学生会館、それも学生を管理下に置こうという意図がみえみえのその会館に移転を決定、部室を撤去すると一方的に勧告した。7月31日には抗議する早大生が自発的に2000人以上集結。8月に入っても方針を変えない大学に対し、8日、学生らは大学の正面玄関に座り込みをして阻止を図り、わたしもそれに参加した。10日には荷物を取り出すことさえも許さず、大学側は強制撤去を開始。その非道(ひど)いやり方に抗議するため仲間たちと学生生活課に向かったはいいが、スクラムを組み、叫ぶ職員たちに押し出されてしまった。
 それまで、いわゆる学生運動などとは無縁だったわたしが、“覚醒”した瞬間だった。
 おなじ時期、いったん東京の郊外などに移された大学の校舎が、どんどん都心へと戻されていった。少子化が問題化しつつあるなか、都心にきれいな校舎を建て、就職先や就職率をアピールし、いかに受験生を集めるかに汲々とする大学。高い学費を払い、ただただ就活の努力だけをする学生がいればいいのである。それ以外は排除だ。
 これは、郊外にショッピングモールを建て商店街をつぶし、高齢化によってショッピングモールが寂れたら捨て、安い土地にまた新しく建てて儲けるという都市開発の論理そのものではないか。大学のショッピングモール化だ。姑息である。

借金635万円、年収10万円



 早稲田の部室撤去の直後には9・11、アメリカ同時多発テロ事件が起き、その後アメリカはアフガニスタン戦争、イラク戦争へと突き進んでいく。世界各地で、そして日本でも反戦デモが行われ、わたしがはじめてデモに参加したのもこのころだった。
 デモで出会った人たちと話すうちに、反グローバリゼーションにも目覚めていく。1990年代から、世界的には「新自由主義、ダメでしょ!」という声があがり、常識みたいになっていたが、バブル崩壊後も日本では、まだまだ自分たちは豊かな国にいるというイメージが残っていた。実際、わたしが大学生のころ、ゼミとかで大正時代のアナキスト・大杉栄(1885〜1923)の労働運動論を研究していると言ったら、「日本で貧困問題とかありえないでしょう」とか言われたくらいだ。
 さて、わたしが奨学金をもらいはじめたのは大学院に進んでからだ。実家暮らしの身で毎月13万円が入るというのは、「すげえ金があるぞ」という気分になる。我が人生でいちばんリッチな時代だったかもしれない。後輩に焼き肉をおごったりしていた。
 奨学金を「もらう」と言ってしまったが、奨学金が「借金」であることをこっぴどく実感させられたのは大学院修了後。自分が院に進もうとしていたころ、先輩たちから「就職は非常勤しかないし、年収もずっと300万くらいかも」とは聞いていたが、2009年、いざ自分が大学を出てみると、その非常勤さえなく失業状態、借金635万円だけが残った。
 そこからは、ほぼ引きこもりするしかなく、友人に勉強会に誘われても、「ちょっと金なくて、行けないや」と答えるしかない。「なんとか来れないか?」と言う言葉に、ついに親のパスモをかっぱらい、「うっしゃー!」と駅まで走った。お父さん、ありがとう!
 こうして、借金635万円、バイトでの年収わずか10万円、親がもらう年金をあてにして暮らすという、地獄の時代がしばらくつづく。年収が100万円を超えることはつい最近までなかった。だから昔、先輩が言っていた年収300万円の非常勤講師っていうのは、けっこうブルジョワなんじゃないのか。そうおもえてくる。

「ブラック・ブロック」最高!



 話は前後するが、デモに加わるようになり、反グローバリゼーションっていいなとおもったわたしは、「ATTAC(アタック) Japan」という社会運動団体に所属、2003年ころから、経済のグローバル化を進めている国際機関の会議阻止のデモに出かけていくようになった。
 それ以前、01年に、「世界経済フォーラム(通称ダボス会議)」に対抗し、「世界社会フォーラム」が立ち上げられた。経済優先の新自由主義やグローバリゼーションによる貧富の差や環境破壊といったことへの対策を話し合うこのフォーラムには、毎回世界中から10万人ほどの人々が集う。

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東北芸術工科大学非常勤講師/政治学者

栗原康

1979年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科・博士後期課程満期退学。塾講師などを経て、2014年より東北芸術工科大学非常勤講師。専門はアナキズム。著書に『死してなお踊れ 一遍上人伝』(17年、河出書房新社)、『村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝』(16年、岩波書店)、『現代暴力論 「あばれる力」を取り戻す』(15年、角川新書)、『はたらかないで、たらふく食べたい 「生の負債」からの解放宣言』(15年、タバブックス)、『学生に賃金を』(15年、新評論)、『大杉栄伝 永遠のアナキズム』(13年、夜光社)、『G8サミット体制とはなにか』(初版08年、増補版16年、以文社)ほか。主な受賞歴、第5回「いける本大賞」、「紀伊國屋じんぶん大賞」(2015年6位、16年6位、17年4位)、第10回「(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞」。(2017.3)

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