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2017/7/14FREE

繰り返される「住まいの貧困(ハウジングプア)」の悲劇

その背景には何があるのか?

時事オピニオン

稲葉剛

 私たちの暮らしは、安定した「仕事」と「住まい」によって成り立っている。しかし、非正規雇用の拡大などから仕事や収入は不安定となり、失業や病気などをきっかけにホームレスや「ネットカフェ難民」、または劣悪な「脱法ハウス」の住人となるケースも後を絶たない。こうした「貧困ゆえに居住権が侵害されやすい状態」を「住まいの貧困(ハウジングプア)」と定義したのが立教大学大学院特任准教授の稲葉剛氏だ。同氏は「日本には『住まいは基本的人権である』という理念が根づいていない」と指摘する。

北九州「日払いアパート」での火災



 2017年5月7日、北九州市小倉北区の木造アパート「中村荘」で火災が発生し、6人が犠牲となる惨事となった。
 2階建ての中村荘には4畳半から6畳の居室が16室あり、浴室・トイレ・台所は共用となっていた。昔ながらの下宿屋といった間取りだが、私たち生活困窮者支援の関係者はこのタイプの木造アパートを「ドヤ型アパート」と呼んでいる。東京・山谷や大阪・釜ヶ崎などにある簡易宿泊所(俗称で「ドヤ」と呼ばれる)とあまり居住環境が変わらないアパートという意味である。
 その後の報道で、中村荘は居住環境だけでなく、その使われ方も「ドヤ」に近いものであったということが明らかになった。中村荘は日払いで宿泊することが可能であり、最初の1カ月の家賃は1日500円で敷金・礼金、連帯保証人は不要。2カ月目以降も1日900円で宿泊することができたそうである。日雇い労働者の短期的な滞在場所として使用されていたほか、福祉事務所や生活困窮者支援のNPOも、ホームレスの人が生活保護を申請した際の当面の宿泊場所として紹介していたようだ。ホームレスの人たちの中には、連帯保証人はもちろん、本人確認書類もすぐには用意できない人が少なくないが、そうした人たちでも受け入れてくれる宿として、支援現場では重宝されていたのだろう。
 中村荘については、実質的に不特定多数の人が利用する「ドヤ」でありながらも、防火対策が不十分であったのではないか、という点が指摘されている。北九州市は、中村荘の運営会社と入居者との間に賃貸借契約が結ばれていたことをもって、旅館業法上の「簡易宿泊所」にはあたらないという見解を示したが、5月17日には同じ運営会社が運営する2軒のアパートに立ち入り検査を実施し、防火扉の管理や誘導灯の設置など、共同住宅に求められる消防法や建築基準法の規制をクリアしていないとして是正指導を行った。火災が発生するまで、市の消防局や建築都市局はこのアパートの存在を認知しておらず、生活保護を担当する保健福祉局の間での情報共有も行われていなかったようである。
 今後、北九州市は、福祉事務所のケースワーカーが生活保護世帯の訪問を行う際には消防設備の確認を行い、市消防局に情報を提供する取り組みを始めるとしている。
 福祉行政は、生活困窮者の「健康で文化的な最低限度の生活」(憲法25条)を保障することを任務の一つとしている。他方で、消防や建築行政は、市民が安心・安全に暮らせる環境を整備することをめざしているはずだ。
 両者がめざしている方向性は異なっていないはずだが、ではなぜ連携が取れていないのだろうか。
 私はそこに「住まいは基本的な人権である」という理念が根づいていない日本社会特有の問題点が隠されていると考えている。

繰り返されてきた福祉の「受け皿」での火災



 生活保護利用者の「受け皿」として福祉行政が活用してきた宿泊施設で火災が発生し、利用者が死亡した後に、建築基準法などの法令違反が見つかる、といった事例は、これまで何度も繰り返されてきた。
 2009年には群馬県渋川市の無届け老人ホーム「たまゆら」で火災が発生し、入居者10人が犠牲となった。10人中7人は東京都内の自治体から送り出されていた生活保護利用者であることが判明し、都内では低所得者向け高齢者施設が不足しているため、福祉行政が遠隔地の無届け施設に依存せざるをえなくなっている状況が浮き彫りになった。
 火災後、「たまゆら」にはスプリンクラーや自動火災報知器がなく、消防法に違反していたことや、建築基準法に基づく県への申請をせずに増改築を繰り返していたことが判明した。業務上過失致死罪で起訴された運営団体の理事長には、執行猶予付きの有罪判決が下された。
 厚生労働省は火災後、無届け老人ホームに届け出を求める通知を都道府県などに出した。その一方で、消防庁や国土交通省も無届け老人ホームに対して緊急点検を実施し、消防法や建築基準法に違反する物件については是正指導を行ったが、いずれも後手後手の対応だったと言わざるをえない。
 15年には川崎市の簡易宿泊所で火災が発生し、生活保護を利用している単身高齢者ら11人が亡くなった。ここでも福祉事務所が生活保護を申請した高齢者の「受け皿」として、ドヤを活用している実態が明らかになった。
 火災のあったドヤは、築50年以上経った木造の2階建てであったが、経営者は部屋数を増やすため、建築基準法で義務付けられた「耐火建築物」に改めることを怠って、木造のまま3階建てに増改築していた。国土交通省は火災後、全国の簡易宿泊所に対して、緊急点検を実施し、建築基準法違反が見つかった物件については是正指導を行った。
 また川崎市では、ドヤに居住する生活保護利用者がアパートに移るための支援を強化すると共に、木造のドヤの3階部分には居住しないようにという指導が行われた。

「脱法ハウス」を福祉事務所が紹介



 幸いにして火災で死者が出る事態には至っていないものの、消防法や建築基準法に違反する「脱法ハウス」にも、生活保護の利用者が暮らしていたことがある。
「脱法ハウス」とは、共同住宅に課せられている法的な規制を逃れるために、「レンタルオフィス」や「貸し倉庫」という名称で営業しているシェアハウスを指す言葉である。13年には毎日新聞の報道をきっかけに、家賃水準の高い都心部を中心に、窓のない2〜3畳に仕切られた小スペースに多くの若者たちが暮らしている実態がテレビや新聞で注目されるようになり、国会でも議論になった。国土交通省は報道を受けて通知を出し、明らかに違法であると認定。「違法貸しルーム」という名称で実態調査と是正指導に乗り出した。

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立教大学大学院特任准教授/一般社団法人つくろい東京ファンド代表理事

稲葉剛

1969年、広島県生まれ。東京大学教養学部卒業。94年から東京都の新宿を中心に野宿者の支援運動に参加。2001年、認定NPO法人「自立生活サポートセンター・もやい」を設立。貧困問題の相談や支援に取り組む。14年、一般社団法人「つくろい東京ファンド」を設立し、空き家・空き室活用による低所得者支援を事業化。15年、立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科特任准教授に就任。著書に『ハウジングプア』(09年、山吹書店)、『生活保護から考える』(13年、岩波書店)、『鵺の鳴く夜を正しく恐れるために』(15年、エディマン)、『貧困の現場から社会を変える』(16年、堀之内出版)など。共著書も多数。

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