外国人労働者が日本で奴隷化している
私の法律事務所では、労働事件と入国管理事件を専門に扱っています。労働事件という言葉は聞きなれないかもしれませんが、解雇、賃金未払いなどがこれに当たり、それに労災を加えた三つが労働事件の三大テーマです。最近はブラック企業、ブラックバイトという言葉を目にしない日がないくらい多くの労働事件が顕在化し、一般に認知されるようになりましたが、相変わらずパワハラや長時間労働でうつになったなどという相談は増えており、労働の現場の質がどんどん悪くなっている印象を強く感じています。こうした労働事件の陰に隠れて大きく報道されることは少ないですが、日本で働く外国人労働者の場合もまた、日本人以上に劣悪な労働環境に置かれているケースが多く存在します。特に深刻なのが、外国人技能実習制度で来日した技能実習生です。私が対応した具体例をいくつか挙げましょう。外国人技能実習制度についてはあとで説明します。
●中国人技能実習生、過労死事件
【事例】
2008年6月、茨城県のメッキ加工会社で働く技能実習生の中国人男性32歳が急性心機能不全で死亡。1年目の研修期間から月に100時間程度の残業、2年目以降の技能実習生期間は月に150時間程度の残業が続き、長時間労働が常態化していた。休みは、月に2日程度しかなかった。
過労死した中国人男性の事件は、遺族の申請により調査を開始、警察に行政解剖を要請しました。勤務先の社長は「残業は月に30時間しかさせていない。タイムカードもある」と説明しましたが、遺品を調べると月の労働時間が約350時間、残業時間約180時間を記録したタイムカードのコピーが出てきました。会社側が2種類のタイムカードを作り、残業時間を改ざんしていたのです。これにより、2010年、全国で初めて技能実習生の労災が認定されました。
こうした事件が発生していたにもかかわらず、2014年にも建設現場で働くフィリピン人男性が心疾患で死亡しました(16年に過労死認定)。公益財団法人・国際研修協力機構(JITCO)によると、1992~2011年度までに285人の技能実習生が死亡しており、そのうちの85人が脳・心臓疾患で死亡、26人が自殺しています。この多くは過労死だと思われます。
●ミャンマー人技能実習生、賃金未払い事件
【事例】
ミャンマー人女性は、2013年11月に縫製の仕事につくために来日。給料は月12万円、勤務時間は午前8時から午後5時まで、残業代は時給300円という契約だった。実際の賃金は月9万円で、さらにそこから2万~4万円を経営が苦しいことを理由に引かれた。午前7時から午後10時まで働き、雑用としてやらされたボタン付けには給与は出なかった。健康保険証などは会社に取り上げられた。
この女性は、現状を日本の監理団体とミャンマーの送り出し団体に訴え、改善を要求しましたが聞き入れられず、1年間我慢したものの耐えきれずに職場から逃亡しました。その後、ミャンマーの送り出し団体から契約違反で訴えられ、現在、日本で弁護士のもと、裁判で闘っています。
人権侵害の温床「外国人技能実習制度」
1993年から実施されている外国人技能実習制度は、表向きは発展途上国において経済発展を担う人材の育成を目的に、日本の産業技術を修得してもらうという国際貢献の制度です。しかし実際は、農業や縫製業、建設業など人手不足が著しい業種で、外国人労働者を低賃金で働かせるために利用されています。政府は、90年に施行された改正入国管理法を定める際の議論で、外国人労働者の受け入れで単純労働者(未熟練労働者)は受け入れないという決定をしました。しかし、現実には日本は深刻な労働者不足にあったことから、別の方法で外国人労働者の受け入れを進めてきました。それに利用されたのが、在留資格を与えられた日系人や外国人技能実習制度です。なかでも外国人技能実習制度は、構造的に人権侵害が起こりやすいシステムで、大きな欠陥が二つあります。
一つは、求人・求職システムの問題です。受け入れ会社と技能実習生の間には日本の監理団体と相手国の送り出し団体の二つの機関が入っており、技能実習を望む人は自国の送り出し団体と契約を結び、日本での受け入れ会社を決めます。
多くの場合、ここで手数料として高額の費用を支払わされており、先のミャンマー人女性の場合は、80万円を支払っていました。ミャンマーでの平均年収が12万円くらいと言われているので、どれだけ高額かが理解できるでしょう。送り出し団体は送り出し国の認定を受けることになっていますが、その監理は相手国任せです。未承認の団体やブローカーが暗躍していることもあり、技能実習生はここで搾取されるのです。
また、日本では受け入れ会社が技能実習生を受け入れるためには、監理団体に一人当たり約3万~5万円/月を支払う必要があります。その費用負担は実際には技能実習生に転嫁され、技能実習生の低賃金を必然化します。また、劣悪な居住空間に高額な家賃を請求されている人もいます。
もう一つは、技能実習期間の3年間は職場を変えることができないという問題です。技能実習生は、来日後、職場環境や仕事の内容に不満があっても、この期間は我慢して働かなくてはなりません。求人求職のマッチングに不備があるシステムを使用しながら、技能実習生の職場移動の自由を縛っているのです。
日本にお金を稼ぎたいために来日したのに奴隷のように使われ、逃げれば送り出し団体から裁判を起こされ、途中で帰国したいと申し出れば契約違反とみなされ違約金を請求される。これが国際貢献制度と言えるでしょうか。
上の図は、厚生労働省が2016年に発表した外国人技能実習生が働く事業所への立ち入り調査の結果ですが、15年には調査した事業所の71.4%で違反行為があり、過去最多を更新しています。
今秋から介護分野へも―安易な制度拡大は危険
こうした問題が多発・表面化したことから、2016年11月、外国人技能実習制度を改革する「技能実習適正化法」(外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律)が成立しました。しかし、今回の改正は管理監督を若干強化しただけで、根本的なシステムの改善には至っていません。にもかかわらず、17年11月からは本制度に介護職種が追加されます。これには大きな懸念が残ります。本制度は、もともと製造現場などモノを相手にする仕事を前提に作られており、対人サービスのための議論や対策はまだ十分に行われていないからです。まず問題なのは、日本語の能力です。現時点では、国際交流基金と日本国際教育支援協会が運営する日本語能力試験のN4程度が要件とされていますが、これは5段階あるレベルのうち下から2番目に当たり、小学校低学年レベルです。介護現場は、利用者とのコミュニケーションが必要かつ重要で、これがうまくいかないとお互いにストレスが生じます。それをN4レベルの日本語でどこまで対応できるのか心配です。
また、求められる業務は主に入浴や食事、排せつなど体に触れるものですが、入国時に介護技術の修得は要件に入っていません。日本語能力も足りず、文化的にも日本についてよく知らない技能実習生に、トラブルが発生したときの危険を回避できるでしょうか。
さらに、介護は日本人でも賃金が極めて低い職種で、課題の多い業界です。まさにそれが課題になっているときに安い技能実習生を入れることで、少なくとも現状が固定化され、場合によってはさらに引き下げられる可能性もあります。
技能実習生というのは、ものを言えない労働者です。ものを言ったら帰されてしまう。帰されたら借金が返せない。職場を移れないから、ものを言えない。ものを言えない労働者を介護現場に入れるというのは、最悪の結果をもたらすと思います。実際、広島県の牡蛎養殖の仕事に入っていた技能実習生が、追い詰められて社長ほか8人を殺傷したという事件もありました(2013年3月14日)。