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2017/1/27FREE

「日活ロマンポルノ」再び!

日本映画史に屹立するその存在感

時事オピニオン

寺脇研

あの「日活ロマンポルノ」が帰ってきた。気鋭の5監督による新作とともに、旧作の再上映やブルーレイ、DVDのリリース、ネット配信などを含む誕生45周年記念の大型企画だ。「ロマンポルノ」とは何だったのか? 時代を並走してきた映画評論家が、数々の名作と人材を生んだその歴史的役割と、新作への期待を熱く語る。

日活ロマンポルノとは



「ロマンポルノ」という言葉を、最近目にしたり耳に留めたりすることがないだろうか。
 100年以上の歴史を持つ老舗映画会社日活が同社の代表的コンテンツの一つ「日活ロマンポルノ」を再起動(リブート)させようとする「ロマンポルノリブートプロジェクト」を2015年5月に始めたことにより、各方面で話題となっている。
 1960年代、テレビなどの新しい娯楽メディアの台頭に押され日本映画が衰退する中、日活は倒産の危機に陥る。その危機を乗り切るために企画されたのがポルノ映画製作への路線転換だった。石原裕次郎、小林旭、吉永小百合などの国民的人気スターで数々のヒット作、名作を送り出してきた会社としては苦渋の選択であり、そのためにスターたちや多くのスタッフが去っていくことになる。
 71年11月に『団地妻 昼下りの情事』(71年、西村昭五郎監督)、『色暦大奥秘話』(71年、林功監督)の2本立て番組で始まった新路線は、「日活ロマンポルノ」と名付けられた。オールカラーで専属の監督・俳優・スタッフを使い、日活社有のスタジオや衣装もふんだんに駆使して、それまで低予算で作られていたポルノ映画である「ピンク映画」よりはクオリティーが高いことを印象づけるとともに、現在のアダルトビデオAV)のようなストーリー性の低い即物的映像ではなく、ちゃんと物語(ロマン)を描いていることを示す意味もあった。
 路線転換は成功し、多くの観客を集めた。上映館も全国に及び、年間70本ほどの量産体制が求められる。それでも足りずにピンク映画を1本付けた3本立て番組で大車輪の興行が続く。その間、72年前半には『ラブ・ハンター 恋の狩人』(山口清一郎監督)、『OL日記 牝猫の匂い』(藤井克彦監督)、『女高生芸者』(梅沢薫監督=この作品は外部から買い取りのピンク映画)、『愛のぬくもり』(近藤幸彦監督)の4作品が警視庁から刑法175条猥褻図画公然陳列罪に当たるとして摘発を受けるピンチを招くが、観客や映画ジャーナリズムの後押しもあって裁判で無罪を勝ち取り、社会的認知を確実なものにした。
 やがて80年代に入るとビデオの普及などによりAVに押されるようになり、88年に製作を終える。しかし、17年間にわたって約1100本の作品を世に送り出したロマンポルノの果たした役割は大きい。番組の一環に加えることによって当初は競合する立場にあったピンク映画をも進化させ、「物語のあるポルノ映画」というジャンルを確立した。このジャンルは世界的にも他に例のないものであり、現在でも「最もセンセーショナルな映画ブランド」としてヨーロッパや韓国などで特別な関心を集めている。

「不自由な自由さ」が育てた名作と人材



 また、日本映画界が産業として最も衰退した70年代において企業として日活よりは安定していた東宝、東映、松竹が軒並み製作本数を激減させる中にあって、皮肉にも経営困難な日活が量産体制を維持することになり、新しい才能を持つ監督、脚本家、技術スタッフを輩出する結果を生んだ。さらには女優、男優も、ロマンポルノをステップにして活躍の場を広げていった者が少なくない。
 興行上の理由で通常1本70〜80分の長さと決まり、予算上の制約で撮影7日、仕上げ3日と言われた厳しい製作条件の下ではあっても、「10分に1回」程度の濡れ場さえ入っていれば多様な物語に挑戦できる自由度は貴重だった。量産体制ゆえに試行錯誤を許される素地もあり、そうした状況が幾多の秀作を生み出す環境を作ることになる。
 前半の70年代には、路線変更前から「日活ニューアクション」で映画ファンを魅了していた藤田敏八長谷部安春澤田幸弘だけでなく、ロマンポルノで活躍の場を得た神代辰巳田中登小沼勝曽根中生村川透たちが、競うように優れた映画を連発した。中でも『一条さゆり 濡れた欲情』(72年、神代辰巳監督)、『白い指の戯れ』(72年、村川透監督)、『四畳半襖の裏張り』(73年、神代辰巳監督)、『実録阿部定』(75年、田中登監督)、『江戸川乱歩猟奇館 屋根裏の散歩者』(76年、田中登監督)、『人妻集団暴行致死事件』(78年、田中登監督)、『赫い髪の女』(79年、神代辰巳監督)、『嗚呼!おんなたち 猥歌』(81年、神代辰巳監督)の8本は「キネマ旬報」ベスト・テンに選ばれ、全映画界で高い評価を受けている。初期の監督たちは、やがて他社の一般映画にも起用されていった。
 80年代に入った後半は、後の映画界を支える逸材を多数生み出したことで知られる。監督では根岸吉太郎池田敏春那須博之中原俊金子修介石井隆がデビューしたし、長谷川和彦相米慎二崔洋一などもロマンポルノの現場で育った。

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京都造形芸術大学マンガ科教授

寺脇研

1952年福岡県生まれ。75年東京大学法学部卒。同年文部省(当時)入省、初等中等教育局職業教育課長、大臣官房政策課課長等を経て、大臣官房審議官。06年退官。高校時代より「キネマ旬報」などへの投稿を続け、在任中もプロの映画評論家として活動。映画関係の主著に『映画を追いかけて 年鑑1987年日本映画全評』『映画をみつめて 年鑑1988年日本映画全評』『映画に恋して 年鑑1989年日本映画全評』(88~90年、いずれも弘文出版)、『ロマンポルノの時代』(2012年、光文社新書)などがある。

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