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2017/4/7FREE

ギャンブルの文化人類学

未来を知るために

時事オピニオン

植島啓司

 2016年12月15日、「IR推進法」が可決成立し、日本でもカジノが解禁されることとなった。2.1兆円とも言われる経済効果が謳われる一方、深刻な依存症等の問題も指摘されるが、そもそも人類はなぜギャンブルを生み出したのだろうか。世界のカジノを巡り歩いた宗教学者がそのルーツをひもとく。

最も根源的な欲望は未来を知ること



 あるスペイン在住の画家(日本人)の話なのだが、彼がある日、スペイン人の夫人に向かって、「早めし、博打もせず、酒もやめ、いい亭主だろう」と自慢したところ、夫人に「それではまるでロバだわ」とやりこめられたという。「食事をゆっくり楽しみ、飲んで愉快になり、宝くじで夢を見る。そのために仕方なく働くのが、人間というものよ」。まさにその通り。人間は夢を見ることなしには生きることができない。宝くじやポーカーや競馬やマス釣りを楽しむのは、ぼくらにとってまさに「生きる」ことと同義なのである。
 そもそも人間の最も根源的な欲望は、未来を知ることであった。そのためには多くの犠牲を払ったり、果てしない旅に出る者もいたし、時には戦いを引き起こすことにもなった。そして、人間は占いやくじに未来を知るための全てを託したのだった。
 恐らく最初の占いの道具としてよく知られているのは「アストラガラス(またはアストラガルス) astragalus」であろう。アストラガラスとは、山羊や羊のくるぶしの骨(距骨 きょこつ)で、いびつな立方体の形をしており、紀元前5000年以上前から用いられた最古のサイコロの一種である。これもさらに元をたどれば、2本の小枝を投げて占った古代ケルトの祭司ドルイド僧らの占いとも重なってくる。
 これに似たものは世界中で広く見られるようで、ヨーロッパのみならず、古代インドの聖典「リグ・ヴェーダ」や叙事詩「マハーバーラタ」には、紀元前1000年頃からたくさんの木の実を使った占いや、神に捧げる祈りの書や占いの記録が残されている。木の枝や小石や骨片を投げて吉凶を占うのは、最も古い占いの形とされている。当時はそこにどんな目が出るかは、超越的な力によって決定されると考えられていたのである。

占いから遊び、そしてギャンブルへ



 このように、サイコロは古代より占いの道具として使われていたのが、次第に指導者個人の運命や吉凶を占うようになり、次の段階で一般の人々の利害を判断することに使われるようになっていったという道筋に間違いはないだろう。ほとんど全ての遊戯が宗教的な起源を持つように、占いとサイコロ遊びとは同じ起源のものであった。恐らくギャンブルも占いから生まれてきたものであり、どちらも我々の未来を知りたいという願望と深く結びついているのである。
 例えば、占いを分類してみると以下のようになる。(注1:平凡社『世界大百科事典』「占い」の項参照。これは筆者が書いたものである。)

 (1)夢占い
 (2)木の枝、骨片、棒による占い
 (3)亀甲占い、または犠牲獣の臓物占い
 (4)鳥占いなどの動物占い 
 (5)占星術

 この中でどれが一番古いかはそれぞれ意見があるだろうが、恐らく歴史の記述によれば、(2)が古代では最もよく用いられていたと言うことができるだろう。いや、少なくとも記述されたものの中では最も古い、というのが正しいところか。占星術も古代バビロニア起源であって、紀元前2000年くらいとされているが、もっと素朴な形ではさらに古くから行われていたかもしれない。
 一方、宝くじの歴史もまた、人類とともにあった。「旧約聖書・民数記」によると、モーセはヤハウェ(神)の言葉に従って、ヨルダン川の西側にある土地をくじ引きによって分配しているし、神託で有名な古代ギリシアのデルフォイのアポロン神殿でも、その初期には壺に入れた白と黒のそら豆を取り出すくじにより、巫女(みこ)が王や帝国の運命を占っていたという。アリストファネスの喜劇「蜂」の中には、古代アテネ全盛期の指導者ペリクレスの改革で、くじに当たって裁判官になった男が描かれている。(注2:ゲイリー・ヒックス『宝くじの文化史』高橋知子訳、原書房、2011年)
 宝くじというのは「全ての人々に恩恵を与える」と言われており、わずか100円か200円くらいで大きな夢を買うことができるのだから、それはそれですばらしいことだし、ただくじを売るだけではなくて、莫大な利益の中から多くの雇用と公共事業への出資など、多大な利益をも生み出している。しかも税金のように富裕層よりも貧困層に負担が大きくなることもないし、公正だし、社会的経済的メリットも計り知れない。
 2012年のロンドンオリンピック・パラリンピックには、約22億ポンド(約3000億円:12年末当時)もの大金が、国営の宝くじから支出されている。当初予算の14倍以上、総工費1億200万オーストラリアドル(完済時の1975年換算で約390億円)に膨れ上がったシドニーの世界遺産「オペラハウス」も、宝くじの収益なしには建てられることはなかったのである。
 古代では最も普遍的に通用していたサイコロによる賭博が、トランプのようなカードゲームに取って代わられたのはヨーロッパ中世の頃、14世紀のイタリア辺りではないかと言われている。今でも、ラスベガスやマカオで行われているギャンブルのほとんどは、「バカラ」や「ブラックジャック」や「ポーカー」のようにカードによるものとなっている。それ以外に「ルーレット」盤や「スロットマシン」の導入がカジノの多様性と豊かさを保っているが、サイコロを用いるとなると、ラスベガスではプレーヤーがシューター(投げ手)になれる「クラップス」、マカオなどでは三つのサイコロを振って出目を当てる「大小(タイサイ)」が見られるだけであって、今やカジノの収益の多くはカードゲームとスロットマシンになってしまっていると言ってもいいだろう。一般に、カードゲームはハイローラー(富豪)たちのものであり、スロットマシンは一般庶民のものであると考えられている。

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京都造形芸術大学教授、宗教人類学者

植島啓司

1947年東京生まれ。東京大学大学院博士課程修了後、シカゴ大学大学院に留学、M・エリアーデらの許で研究を続ける。関西大学教授、人間総合科学大学教授などを歴任。性愛、聖地、クマリなどの研究で知られるが、世界中のカジノを巡るギャンブル狂でもある。主著に『競馬の快楽』(講談社現代新書、1994年)、『快楽は悪か』(朝日新聞社、96年)、「偶然のチカラ」(集英社新書、2007年)、「賭ける魂」(講談社現代新書、08年)、『日本の聖地ベスト100』(集英社新書、12年)、『処女神 – 少女が神になるとき』(集英社、14年)、『きみと地球を幸せにする方法』(集英社インターナショナル、15年)など多数。

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