補助犬とは、盲導犬、介助犬、聴導犬のこと
皆さんは、「身体障害者補助犬」という言葉を聞いたことがあるでしょうか? 2002年5月22日に成立し、同年10月1日より施行された「身体障害者補助犬法」によって生まれた言葉で、略して「補助犬」と呼ばれ、盲導犬、介助犬、聴導犬の3種類のことを指します。それらの犬のことならば知っているという人も、それぞれの役割をどれだけ理解していますか? いちばんよく知られていると思われる盲導犬でも、誤解されている部分が多いので、はじめにこの3種類の補助犬のそれぞれの役割についてご説明します。「盲導犬」の役割は、視覚障害者の安全で快適な歩行をサポートすることです。「駅まで行って」と目的地を言えば、盲導犬が自発的に誘導してくれるというナビ機能のイメージを持たれることもあるようですが、実は、盲導犬が教えているのは、「曲がり角」「段差」「障害物」の3点のみです。視覚障害者は、慣れている場所では頭の中で「メンタルマップ」という地図を描いており、そこに盲導犬が教える情報を組み合わせることで歩行が成立します。つまり、メンタルマップが描けていない初めての場所では、盲導犬との単独歩行は成立しません。
「介助犬」は、肢体不自由者の日常生活動作をサポートします。肢体不自由者とひと言で言っても、障害の種類や程度などによって必要とするサポート内容は一人ひとり異なるため、介助犬はユーザーのニーズに合わせたオーダーメイドで訓練されます。物を拾い上げる、指示したものを手元まで持って来て渡す、ドアの開閉、スイッチ操作、着脱衣の介助、起き上がり・立ち上がり介助などさまざまで、車椅子使用者だけではなく、歩行バランスの悪い方の支えとなって杖代わりに歩行介助をする介助犬もいます。特に、室内で転倒して起き上がれないとき、介助犬が離れた場所にある携帯電話や電話の子機を探して手元まで持ってくるという動作が、いざというときの「緊急連絡手段の確保」となるため、安心して生活することができます。
「聴導犬」は聴覚障害者に必要な音を知らせます。玄関のチャイム音、お湯が沸いたときのやかんの音、洗濯機など家電機器の終了音やエラー音、冷蔵庫の閉め忘れブザー音、FAXの受信音、携帯メール等の受信音など、訓練で教えられた音が発生すると、ユーザーの体にタッチして知らせ、音源まで誘導します。「赤ちゃんの泣き声」を知らせてもらうことで、安心して育児をすることができます。外出時は、後ろから来る自転車のベルや車のクラクションの音などを教えます。通常は音を知らせて音源へ誘導しますが、火災警報器など緊急時の音の場合は、体にタッチした後にその場に伏せます。聴導犬のこの動作によって聴覚障害者は「緊急事態」を認識し、周囲への助けを求めることができます。
つまり、聴導犬はただ音を教えるだけではなく、音が持つ「情報」を伝えているのです。また、聴覚障害は外見からはわからない「見えない障害」と言われていますが、聴導犬と一緒に社会参加することで「見える障害」となり、聴覚障害者が社会参加する上で、聴導犬は非常に心強い存在になっています。
補助犬が行うこれらのサポート内容は、補助器具や人による介助で解消できるものがほとんどですが、補助犬の役割は物理的な補助だけではありません。「人にお願いする」という精神的な負担が減ることや、障害者自らが犬に指示を出して世話をするという作業が障害者自身に自立心や自尊心を与えることこそが、補助犬ならではの大きなメリットなのです。
補助犬法の認知度の低さと、なくならない同伴拒否
2002年に成立した身体障害者補助犬法(以下、補助犬法)は、「身体障害者補助犬の育成及びこれを使用する身体障害者の施設等の利用の円滑化を図り、もって身体障害者の自立及び社会参加の促進に寄与すること」を目的に制定された法律です。この法律ができる以前は、補助犬ユーザーにとって補助犬は自分の体の一部であるにもかかわらず、法的根拠が何もないため、ペットと同様に扱われ、「犬連れはお断り」という決まり文句によって社会参加が阻まれてきました。そこで補助犬法では、国が指定した法人による補助犬の公的認定制度を設けました。認定証は「補助犬ユーザーと補助犬」のペアで発行されるものであり、補助犬ユーザーによる犬の行動管理と衛生管理の義務等を定めるとともに、公共施設や交通機関、飲食店、商業施設、病院など、不特定多数が利用する施設で補助犬の同伴を「拒んではならない」と定めています。
補助犬法制定以降、障害者基本法や社会福祉法が改正され、06年10月からは障害者自立支援法における都道府県が実施する地域生活支援事業の中のメニュー事業の一つとして、「補助犬育成事業」が位置づけられて、各都道府県での公費助成も始まりました。
このように法整備が進んだものの、肝心の補助犬法の認知度がなかなか上がらず、法成立から15年経った今でも、全国各地で補助犬同伴拒否が後を絶ちません。日本補助犬情報センターが2015年に補助犬ユーザーを対象に行ったアンケートでも、飲食店で44.4%、医療機関で46.5%が同伴拒否の経験があるという回答が得られました。同伴を拒否された補助犬ユーザーたち自らが補助犬法の説明をし、交渉しなければならない現状が今も続いています。
補助犬に対するさまざまなイメージ
17年5月1日現在、全国の補助犬の実働頭数は、盲導犬966頭、介助犬70頭、聴導犬73頭の1109頭です。実働数の少なさが補助犬法の認知度の低さに起因していると考えられる一方で、何かがあれば大きく注目されてしまうという側面もあります。補助犬というと、「スーパードッグ」というイメージがどうしても付いて回るようで、2014年に、盲導犬が何者かに刺されたのではないかという報道があった際も、ネットを通じて、「盲導犬だから鳴かずに我慢した」という誤った情報が瞬く間に拡散されました。つい最近も、「補助犬は足を踏まれても鳴き声を上げないそうだから、踏んでみよう」と、実際に踏もうとした人がいたという話を聞きました。けれども、犬は私たち人間と同じ命ある生き物ですから、痛かったり驚いたりしたら鳴き声を上げます。ただ、その後、取り乱してパニックを起こしたり攻撃したりしない性質の犬たちが、「適性あり」と判断されて補助犬に選ばれているだけなのです。
また、補助犬1頭のほんの少しの失敗が、全補助犬のイメージに直結する可能性が高いことも問題です。万が一、少しでも粗相をすれば、「やはり犬はダメだ。受け入れられない!」という展開になりがちなので、ユーザーの責任は重大であり、大きな負担を強いています。
その根底には、補助犬に限らない、日本での「犬」に対するイメージがあると考えられます。