中島岳志さんと若松英輔さんーー“コロナ後”を見据えての対論連載第11回。ローマ教皇フランシスコについての3回目、Part3をお届けします。
中島岳志さんと若松英輔さん
私たちは、生きているのではなく「生かされている」
中島 フランシスコは『ラウダート・シ』の中で「すべての被造物はつながっている」とも言っていますね。人間も水も、動物も、あるいは石油も、すべてのものは被造物としてつながっている。そのつながりをもう一度見つめ直さなくてはならない、そして「地上の被造物間に存在する繊細な平衡状態を尊重しなければならない」というわけです。その平衡状態を崩そうとしているのは人間のエゴであり「聖書は他の被造物のことを気にもかけない専制君主的な人間中心主義を正当化する根拠にはなりません」とも言っています。
ここには、世界を「人知を超えたものによって司(つかさど)られている存在」と捉える感覚があります。人間が自然を客体視して、有益な資源だけを利用し尽くそうとするようなあり方にメスをいれていかなくてはならない。自分たちの能力を超えたものに対する畏怖の念を回復していかなければならないというのが、フランシスコの考えなのだと思います。
だから私たちは、人間は万能で何でもできるという感覚を捨て「造られたものとしての限界」を見つめなくてはならないと言うわけです。以下も『ラウダード・シ』の中にある言葉ですが、すごくいい言葉だと思います。
土壌、水、山々、つまりあらゆるものは、いわば神の愛撫です。(『ラウダート・シ』前出)
そうした「あらゆるもの」に包まれ、神に愛撫されながら生きているのが人間である。にもかかわらず、私たちはその「神の愛撫」を利用したりお金に換えることばかりを考えている。その浅ましさを自覚しなくてはならないということですね。
だから、当然ながらフランシスコは、「水の市場化」にも徹底的に反対していますよね。その理由は、政治学的な意味合いだけではなく、もっと深いところにある。水もまた被造物であり、私たちとつながる存在であって、それをお金に換えようと考えること自体がおかしい。その水と私たちの関係性を取り戻さないといけないというのが、彼の主張なんだと思います。
若松 被造物を独占して、お金に換えようとすること自体が間違っている。それは、ガンディーが「塩の行進」で、塩という天の恵みを宗主国イギリスが独占していることのおかしさを訴えようとしたことともつながりますね。
先日、人間がつくった「人工物」の総量が、自然の生物量を超えた、という報道を目にしました。そういう状況にあって、私たちは「与えられているもの」と「自分たちでつくり出したもの」の区別がつかなくなってしまっているのではないでしょうか。
私たちはよく「いかに生きるか」ということを考えますが、実際には「生きている」のではなく「生かされている」。
光も熱も水も、生きるのに必要なものすべてを、私たちは自然から与えられている。土を耕してつくった食べ物だって、その土をつくったのは人間ではないのだから、やっぱり与えられているというべきです。その視点、「いかに生きるか」ではなく「いかに生かされているか」へと視点を動かしていくことが大事だと思います。
教育の場でも、今は「あなたはいかに生きていくのか」と問われることがほとんどだと思うのですが、それだけでは危機のときに「自分がどうやったら生き抜いていけるか」ということを考える人間ばかりになってしまう。横にいる人の手を握って「ともに生かされるとはどういうことか」を考えられる人間が、あまり育っていかないと思うんです。
フランシスコは、そういう状況に警鐘を鳴らしている。気候変動の問題にどう取り組むかというのは、彼にしてみれば人間のつながりや慈愛の再確認なのだと思います。そういうものを取り戻していかないと、結局、人間は滅びに向かっていくのではないかと思うのです。
中島 先ほど、ガンディーの「塩の行進」に触れてくださいましたが、フランシスコもまた同じような行為をしているといえるかもしれません。各地を飛び回って「水を商品にすべきではない」などと説いて回ることが、私たちが水を利用する対象にするのではなく、私たちが水によって生かされているんだというあり方を取り戻すための、彼なりの「水の行進」なのではないかと思うのです。
死者は、私たちを支えてくれる存在である
若松 先ほど、自分たちの能力を超えたものに対する畏怖の念、という言葉が出ましたが、私はこの「畏怖」というのがまた、非常に重要な感覚なのではないかと考えています。なぜなら、畏怖だけが私たちを恐怖からすくい上げるからです。
柳田国男
1875~1962。民俗学者。兵庫県生まれ。東京帝国大学法科大学卒。農商務省に入り、法制局参事官、貴族院書記官長を歴任。退官後、朝日新聞に入社。国内を旅して民俗・伝承を調査、日本の民俗学を確立した。文化勲章受章。著『遠野物語』『石神問答』『民間伝承論』『海上の道』など。『先祖の話』は民俗伝承の研究をもとに、日本人の霊魂観や死生観を描く1946年の著作。

エーリッヒ・フロム
1900~1980。アメリカの精神分析学者・社会心理学者。ドイツ生まれ。ナチスに追われて、1934年アメリカへ亡命。新フロイト派の代表者の一人で、社会的性格論を展開。著『自由からの逃走』など。
