新型コロナウイルスの感染拡大という未曽有の事態によって自粛生活が長くなり、仕事もテレワークとなる中、私はいつになく精神的に塞ぎ込んでしまっていた。そんな折、中央アフリカ共和国に派遣されていた田辺先生から帰国すると連絡があったが、あまりにもエネルギーがなかった私はこんな姿を見せたくなかった。食事や飲みの誘いに応じない私に、「ゆうこりんがいま一番食べたいものを教えて。それを食べに行こう」と言ってくれたので、「ステーキ」と答えた。これは冗談のつもりだった。中央アフリカ共和国では野菜が豊富に手に入らない。何かの固い肉しか食べてこなかったはずなので、やっと日本に帰ってきた人間がステーキなど見たくもないのは分かっていた。通常ならば寿司や和食、ラーメンなどにありつきたいはずだ。それに、「何が一番食べたい?」と聞くのは私のほうの役目である。
それなのに、「よし分かった」と言った田辺先生は、次のメッセージで「新宿駅朝7時半に集合」と送ってきた。当日、駅で渡されたのは8時出発のロマンスカーのチケット。なんと彼は私を箱根のステーキ屋さんに連れだしたのだ。
メッセージのやり取りはしていても、実際に会うのは年に1度あるかないかだ。田辺先生は以前よりも痩せて日焼けしていた。自粛が明けた私にとっても、帰国後の隔離期間を終えた田辺先生にとっても久しぶりの外出である。私たちは箱根散策とステーキと日帰り温泉を楽しんだ。行き帰りのロマンスカーで尽きない話をしているうちに、私はすっかり元気になった。
強くていつも元気な人でなくてはいけない、弱みを見せずに強い人と思われるようにふるまわなくてはいけないと思っている私の側面を、田辺先生は否定することはない。ただ、ゆるんでいい、つらいときは休んでいい、そもそも強くなる必要などない、というメッセージを人生のところどころで投げかけてくれる。田辺先生のように心をゆるめてくれる人がいなかったら、私は9年間の派遣生活を続けてこられただろうか。「つらい」と言った時に「やめてもいいんだよ」と返ってくる言葉は、私を確実に支え続けてきた。
楽しく食事をしたりおしゃべりをする友達はたくさんいるが、その中で遠慮なく弱さを見せてもよい相手はそうそういない。田辺先生は恋人でもなく、師弟の関係でもない。親友というのも何だかピンとこない。やはり田辺先生の言う通り、私たちは「戦友」なのかもしれない。
「戦友」と、一時の憩い