最終決定権の誇示
現ロシア大統領のプーチンは、2008年5月には、大統領ポストを辞任せねばならない。ロシア憲法によれば、2期8年以上、大統領ポストを占めることはできないからである。プーチン大統領は、自身のレイムダック(死に体)化を、できるかぎり遅らせようとしている。「後継者発表は、大統領選開始ギリギリの時期に行う」。07年2月1日のプーチン発言は、文字通り、そのような戦術を示している。2月15日に行った、セルゲイ・イワノフの第1副首相への昇格人事も、ほぼ同様の動機に基づく。イワノフを、すでに第1首相に任命した、ドミトリー・メドベージェフと対等の資格にして、競わせようとするプーチン大統領の意図は、明らかである。
このようにして、おのれが後継者選びの最終決定権を握っていることを、内外に周知徹底しようとしているのだ。だが、このような曖昧(あいまい)化作戦にもかかわらず、現時点で、ほぼ明らかとなりつつあることもある。4点ばかり記そう。
側近は3期継続を希望
一部の側近やロシア国民は、プーチン大統領が、08年大統領選に立候補することを希望している。プーチンの与党「統一ロシア」が、下院で3分の2以上の多数議席を独占している現在、プーチン自身が決断しさえすれば、憲法改正はいとも簡単。しかも、憲法改正を露骨に提案する側近たちやグループが、明らかに存在する。彼らは、シラビキー(軍人、秘密警察、治安機関などに勤める権力者)出身のプーチンが、大統領ポストに座りつづけるかぎり、今日の栄耀栄華を享受できる。だが、プーチンが、いったん、同ポストから降壇すると、彼らの特権的地位や利害は、大いに損なわれるか、完全に消滅してしまう。このように考えるシラビキー以外にも、現プーチンの存続を希望するロシア人は、少なくない。彼らは考える。ゴルバチョフのペレストロイカ(改革運動。1985~91年)、エリツィン(前ロシア大統領)の「改革」によって、ロシア社会は、混乱と不安定の極致に投げ込まれた。だが、プーチンの強権的支配体制が確立したおかげで、「平和と安定」が戻ってきた、と。
「第3期党」と総称される、これらの「インフォーマルな」集合体は、プーチンによる継続統治を要請する。
G8からの追放を懸念
しかしプーチン大統領自身は、ロシア憲法を改正しての連続3期を希望しない。なぜか?
西側が反発するに違いないことを、懸念するからである。そうでなくとも、イラク戦争開始以後の米ロ関係は、ギクシャクしている。数々の側面で、民主主義からの後退現象を示すロシアに、アメリカは違和感を抱き、反発し、抗議を申し込んでいる。EU(欧州連合)諸国は、「価値観」の差異ばかりでなく、ロシアとの「ゲームのルール」の違いを痛感し、アメリカの「ロシア異質論」に同調しつつある。
そのような折も折、もしプーチンが憲法改正を敢行するならば、果たしてどうであろう。それは「らくだの背に藁(わら)一本」の効果をもたらす。
「ブルータスよ、お前もか!」のブーイングが巻き起こり、プーチンは、中央アジア諸国の終身大統領たちや、ベラルーシのアレクサンドル・ルカシェンコといった独裁者と同一視されるに違いない。西欧諸国は、民主主義と市場経済を加盟基準とするG8(主要国首脳会議)から、ロシアを追放しようとするだろう。
2012年に立候補?
一方における「第3期党」の要請と、他方における西欧反発の意向。これら二つの板ばさみとなるプーチンは、おそらく以下のような妥協案に応じるであろう。すなわち、大統領ポストを1回、パスする戦術。2012年となっても、プーチンは、まだ59歳。ロシア憲法は、「同一人物は、連続2期を超えて大統領の職務に就くことはできない」(81条第3項)と規定する。したがって、08年の大統領選さえ過ぎれば、その後、プーチンが再び大統領ポストを目指して立候補するのは、完全に合法となる。
トウ小平型「院政」を狙う
問題は、空白の4年間に、プーチンの影響力が、すっかり殺(そ)がれてしまい、12年の当選が危うくなること。このような事態を阻止するためには、二つの工夫が必要となる。まず、プーチンの言うがままとなる、忠実無比の人物を、大統領ポストに据えておくこと。そのような観点からは、イワノフよりも、メドベージェフのほうが、適役といえよう。プーチンに比べ、イワノフはわずか1歳年下なだけで、独立心も旺盛。それに対して、メドベージェフは、プーチンよりも13歳も年少者であるばかりか、プーチンに忠誠を誓う、おとなしい人物だからである。
もう一つの工夫は、次期大統領を操作可能なポジションに、プーチン自身が就くこと。おのれが院政を敷き、次期大統領を傀儡(かいらい)化し、操作するためには、プーチンは、まず議会で圧倒的な多数を占める「統一ロシア」の党首に就任する必要がある。加えて、さらに首相、または上下院のどちらかの議長職に就けば、申し分なかろう。このことによって、おのれが指名した次期大統領を事実上監督し、牽制(けんせい)する。
無冠のトウ小平にできたことが、プーチンにできないはずがない。