農村の学校を襲って少女たちを誘拐し、体に爆弾を巻き付けて市場やバスターミナルなどに誘導した後、遠隔操作で爆発させる――。
そんなこの世のものとは思えないような残忍な「自爆テロ」が、西アフリカのナイジェリア北東部で続いていた。
犯行を主導しているのは、イスラム過激派「ボコ・ハラム」。
名前は現地語で「西洋の教育は悪」を意味する。
テロの撲滅を公約に掲げ、軍出身のブハリが2015年3月に新大統領に当選した後もテロの勢いは衰える気配を見せず、新政権発足後の約1カ月間に犠牲者は早くも200人を超えていた。
彼らの憎悪の根底に流れるものは一体何か。
現場に赴くと、予想外の「答え」に直面した。
ナイジェリア北部の主要都市カノ。
現地助手に案内されて町の中心部にある中央市場に赴くと、半年前に爆弾テロが起きた露店街の壁にはまだ、爆弾の破片でできた無数の傷が残っていた。
近くで露店商を営んでいる、爆風で右目を負傷したという男性が、テロの一部始終を証言してくれた。
「市場の入り口から17歳ぐらいの、真っ黒なベールをかぶった少女が泣きそうな顔でこっちに歩いてきたんだ。どうして悲しそうな表情をしているんだろう、と目を凝らした瞬間、閃光が少女のベールを引き裂き、大きな火球が彼女の肉体を吹き飛ばしてしまった……」
中央市場ではその日、2人の少女が自爆し、通りを歩いていた買い物客など少なくとも4人が死亡した。
しかし、テロが日常的に起きているナイジェリアでは、数人程度の犠牲者数では大きなニュースにはなり得ない。カノの中央市場でのテロが世界中のメディアの耳目を引いたのは、テロ発生時、自爆した2人の少女以外にも、自爆させる目的で市場に送り込まれた後、何らかの理由で不発に終わった13歳の少女がいたからである。3人目の少女は最初の少女の自爆で負傷し、病院に運ばれた後、警察当局に保護されていた。
保護された少女は2週間後、警察当局が開いた記者会見で次のように証言していた。
「リーダーからは『自爆テロをすれば、天国に行ける』と言われた。『できない』と私が断ると、『ならば、お前を撃つ』と脅された。活動拠点で多くの人が生き埋めにされるのを見たため、生き埋めにされるのが怖かった」
国際人権NGO「アムネスティ・インターナショナル」によると、2014年以降の約1年間で、ボコ・ハラムに誘拐された子どもや女性は約2000人。2015年上半期だけでも自爆テロが30件以上起きており、その4分の3で子どもや女性に爆弾が装着され、遠隔操作で爆発させられていた。
国際NGOの協力を得て、カノ郊外の民家で、ボコ・ハラムから逃れてきたという2人の女性から話を聞いた。
「毎日が怖くて仕方がなかった」と23歳の帽子職人の女性は震えながら振り返った。
「昨夏、自宅のある北東部グウォザがボコ・ハラムに襲われ、町では約600人が殺された。私も銃を突きつけられて、2歳の長男と一緒に行政庁舎へと連行された。庁舎には町の女性約400人が集められており、リーダー格の男が『お前たちはこれから戦闘員の妻になる』と宣言した後、女性たちは戦闘員の食事を作ったり、服を洗濯したりするよう命じられた。指示に従わない女性は、棒で体を激しく叩かれたり、隣の部屋に連れていかれて集団でレイプされたりした」
帽子職人の女性は恐ろしくなり、長男を抱いて庁舎の窓から飛び降りて逃げた。カメルーンとの国境を越えて難民キャンプに逃げ込んだ後、出稼ぎのためにナイジェリアの最大都市ラゴスにいた夫と合流し、今はこの地で隠れるようにして暮らしているという。
グウォザ出身の18歳の女性も、同じく町の集会場に監禁され、激しい「暴行」を受けていた(彼女は当時受けた「暴行」の詳細については語らなかった)。「このままでは体を引き裂かれてしまう」と感じ、2日後の夜、20人の女性と一緒にフェンスをよじ登って逃げ出した。カメルーン国境にたどり着いたところで、国連部隊に保護された。
「今も多くの女性たちが恐怖の中で助けを待っている。爆弾を体に巻き付けられて、市場やバスターミナルで『自爆』を強制させられる前に、一日も早く彼女たちを救い出してほしい」と懇願するように言う。
なぜ、ナイジェリアで底が抜けたような悲劇が継続するのか。
その2カ月前、私はナイジェリアの首都アブジャにいた。軍出身のブハリの大統領就任式典で、壇上に上った新大統領がボコ・ハラムの撲滅を宣言すると、詰めかけた数千人の観衆から一斉に拍手が巻き起こった。
しかし、どんなに政府が前線に特殊部隊を送っても、周辺5カ国が約7500人態勢の連合軍を創設しても、ボコ・ハラムはいっこうに弱体化しない。
「本当は誰もボコ・ハラムの撲滅なんて望んでいないのさ」と中部の首都アブジャを拠点にするナイジェリア人ジャーナリストが教えてくれた。「ナイジェリアは元々、イスラム教徒が多く資源が乏しい北部と、キリスト教徒が多く資源が豊かな南部に分断され、互いが憎しみあっている。豊かな南部の人間は、自分たちの税金が北部のボコ・ハラム対策に浪費されることを嫌っている。彼らにとって、北部の市民やボコ・ハラムなんてどうでもいい存在なんだ」
一方、北部カノに拠点を置く海外通信社のベテラン記者はこんな見解を口にした。
「軍には今、ボコ・ハラム対策で膨大な予算が付いている。北部には軍の駐屯で多額の資金も落ちている。ボコ・ハラムを必要としているのは、むしろ軍や北部の有力者たちだ。彼らが必要とする限り、ボコ・ハラムは北部に存在し続けるし、結果、テロが終わることもない」
国連児童基金(ユニセフ)の報告によると、ボコ・ハラムは設立からこれまでにテロで1万5000人以上の市民を殺害している。その一方で、アムネスティ・インターナショナルの報告によると、ナイジェリア軍もまた、対ボコ・ハラム作戦で市民を拷問し、8000人以上を虐殺している。
現地を訪れると、その矛盾を痛烈に感じる。北部には政府による極度の汚職がはびこり、市民は至る所で軍や警察から賄賂や便宜を強要されている。軍に家族を殺されても、市民は何一つ文句が言えない。多くの市民は自国の政府にこそ憤っている。
ボコ・ハラムが北部で台頭している真の理由。
それは北部の市民や若者たちがむしろ、自国の政府から家族や生活を守るために、ボコ・ハラムに身を投じているせいではないのか――。