ミラノは長年パリモードの生産基地として素材や技術の土壌があったが、1975年頃から、自らの手でモードを作ろうと乗り出した。ジョルジオ・アルマーニ、ジャンニ・ベルサーチ、フェンディ、ミッソーニ、ジャンフランコ・フェレなどの有力なデザイナーやメーカーがプロモートに乗り出し、コレクションを発表した。ジャーナリスト向けの実験的な服の多いパリコレに対し、素材や仕立てのよいリッチなアダルト路線で、実際に着られる質の高い服としてミラノファッションの名を高めた。一方、大御所デザイナーに対して、1980年代後半から、ウイットにとんだデザインのモスキーノや、ほっそりとしたなで肩の「少女服」で一躍有名になったロメオ・ジリなどが、保守的なミラノに新風を送りこんだ。