仏教の言葉。人間の六つの感覚器官から生じる欲望や執着を断って、けがれのない清い心身になること。「六根」は、仏教では、目、耳、鼻、舌、身、意の人間の六つの感覚器官をさし、迷いを生ずる原因となっているとされる。六根の不浄をはらい清めるために唱える言葉。
〔例〕「あなた、藤田さんのおじいさん、今年も富士山へ行ったんですって。あのお年で感心しちゃうわねえ。1年に1回は、六根清浄を唱えながらお山に登って身を清めないと、どうも気分がすっきりしないんですって。うちでごろごろしていないで、あなたも少しは見習ったらどうなの」などと使う。