売買や契約などの経済取引を行う際に当事者間で情報の非対称性(information asymmetry)が存在する、つまり、ある情報を一部の当事者しか知らないという状況を分析する経済学の一分野。一部の当事者が知っている情報を特に私的情報(private information)と呼ぶ。情報の経済学、あるいは情報の非対称性の分析は、私的情報が発生するタイミングとその所有者に応じて次のクラスに分類される。まず、取引が行われる前から私的情報が存在する逆淘汰(adverse selection)と、取引後に私的情報が発生するモラルハザード(moral hazard)に大きく分かれる(逆淘汰は逆選択と呼ばれる場合も多い)。逆淘汰のうち、私的情報を持つ人から行動を起こす場合はシグナリング(signaling)、私的情報を持たない人が先に動く場合はスクリーニング(screening)と呼ばれる。
情報の経済学は1970年代から研究が大きく進展し、2001年にはこの分野のパイオニアであるジョージ・アカロフ(George A. Akerlof 1940~)、マイケル・スペンス(Michael Spence 1943~)、ジョセフ・スティグリッツ(Joseph E.Stiglitz 1943~)の3人がノーベル経済学賞を受賞した。アカロフは中古車市場(中古車を外見から中身の品質を判断することが難しいレモンになぞらえてレモンの市場と呼ばれる)における逆淘汰の問題を、スペンスは労働市場におけるシグナリング、スティグリッツは保険市場におけるスクリーニングなどをそれぞれ分析した。情報の経済学で登場する用語はもともと保険業界から生まれたものが多く(逆淘汰やモラルハザードなど)、現在では一般的な文脈で使われることも珍しくない。しかし、経済学で用いられる場合には上述した特定の意味を持っているので注意が必要である。たとえば、モラルハザードは「道徳の欠如」などと翻訳されることがあるが、情報の経済学における モラルハザードは道徳とは直接関係のない概念である。