ケネス・アロー(Kenneth J. Arrow 1921~)が1951年に出版した博士論文「社会的選択と個人的評価」(Social Choice and Individual Values)の中で示した、社会的選択(social choice)あるいは集合的選択(collective choice)に関する否定的な理論結果。起こりうる社会の状態についての個人の選好を集計して、社会全体の選好(社会的選好 social preference)を形成する難しさを厳密に証明した。フォーマルには、社会厚生関数(social welfare function)と呼ばれる選好の集計ルールが満たすべきだと考えられる四つのもっともらしい条件を定義して、それらを常に満たすルールが独裁制、つまりある個人の選好を社会的選好と一致させるルールしかない、という結果を導いた。当然ながら、独裁制は民主的な選好集計ルールとは言えないため、アローの定理は直接民主政による社会の合意形成が原理的に不可能であることを示唆している。ここから一歩進んで、この定理が「民主主義の不完全性を数学的に証明した」という風に解釈されることもあるが、あくまでも様々な前提条件に立脚した議論であるので、その言及には十分に注意する必要がある。実際に、アローが要請した条件を少しだけ緩めることで望ましい集計ルールの存在が導かれる、といった可能性を示した研究も数多く存在する。
ちなみに、アロー自身はこの定理を一般可能性定理(general possibility theorem)と名付けたが、その内容から一般不可能性定理(general impossibility theorem)と呼ばれる場合が多い。アローは不可能性定理を導いただけでなく、社会的選択に関する理論的なフレームワークを博士論文の中で確立し、この分野自体を事実上切り開いた。この貢献が、一般均衡理論(general equilibrium theory)における卓越した業績と合わせて評価され、彼は1972年にノーベル経済学賞を、同賞受賞者としては最年少の51歳で受賞した。その後、社会的選択の分野では、98 年にアマルティア・セン(Amartya Sen 1933~)がノーベル経済学賞を受賞している。センはインド人で、アジア人としてはじめての同賞受賞者となる。