1882年(明治15)10月10日、「日本銀行条例」により設立された日本の中央銀行。当時の大蔵卿、松方正義は、西南戦争(1877年)後に生じた激しいインフレーションを抑制し、通貨価値の安定を図るために、ベルギー国立銀行をお手本として、日本銀行を設立した。第二次世界大戦中の1942年には、ドイツのライヒスバンク法(39年)に倣った旧「日本銀行法」が制定され、日本銀行は戦時体制の下で「専ラ国家目的ノ達成ヲ使命トシテ運営セラル」(第二条)よう求められた。第二次世界大戦終了後の49年に、日本銀行の政策決定を民主化するために、最高意思決定機関としての政策委員会が新たに設置されたものの、旧「日本銀行法」の大部分はそのまま残され、日本銀行は、その後も長い間にわたって独立性を欠いた中央銀行として特徴付けられることとなった。97年6月には、大蔵省の機構改編によって財政と金融の分離を図ろうという政治的な潮流の中で、旧「日本銀行法」が改正され、98年4月から新「日本銀行法」が施行された。新「日本銀行法」の下で、日本銀行は、かねてからの念願であった政府からの独立性を付与される一方、国民への説明責任を果たすために、透明な政策決定過程を求められるようになった。