文化的、宗教的同一性によって特徴付けられる集団はエスニック・グループと呼ばれるが、それは近代ナショナリズムによって抑えられるアイデンティティーであった。ナショナリズムは伝統的なエスニック・グループを超克して国民的文化に同化し、政治的忠誠の基盤としようとする運動だからである。しかし1960年代から、エスニック・グループがそのアイデンティティーを基礎に様々な政治的権利を主張するようになり、エスノナショナリズムと呼びうる政治運動が見られるようになった。アメリカでは「人種のるつぼ」概念が否定され、公民権運動などを通じて少数民族に対する差別が批判され、エスニシティ(ethnicity)という言葉が一般化したし、70年代ころからは西欧諸国でも既存の国家からの自治や分離を目指す動きがエスニック・リバイバルとして注目された。さらに、ソ連・東欧の体制転換は共産主義イデオロギーの背後に隠されていた民族対立を表面化させ、激しい武力紛争も噴出した。それらの中には、特定の民族に対する徹底的な追放や虐殺による民族浄化(ethnic cleansing)が推し進められるケースもあった。ただしエスノナショナリズムが文化的・社会的アイデンティティーの確立や自治権の獲得・強化を目指すにとどまり、政治的独立や主権獲得を求めるに至らない場合も少なくない。