1970年代後半から80年代にかけ、北朝鮮が工作員養成などの目的のため日本人を拉致した事件。北朝鮮は過去、一貫してその事実を否定していたが、2002年9月の日朝首脳会談で、金正日は拉致の事実に触れ謝罪した。しかし、北朝鮮側は日本側が要求した8件11人の安否につき、それ以外の日本人も含め「8人死亡、5人生存」と伝えた。しかも死亡と伝えられた被害者の死亡年月日などに不自然な点が多かったため、日本は「拉致問題に関する事実調査チーム」を派遣したが、その報告書の内容はむしろ不透明な部分を拡大することになった。同年10月に拉致被害者5人が帰国したが、北朝鮮に残した家族の帰国の問題をめぐって日朝間で対立し、第12回日朝国交正常化交渉も成果なく閉会した。結局、そのこう着状態が打開されるのは小泉首相の再訪朝を待たなければならなかった。これにより、曽我ひとみさんの夫で北朝鮮に脱走し米軍の訴追を恐れたジェンキンス氏と2人の子供を除いて、拉致被害者家族の帰国が実現した。ジェンキンス氏も後のインドネシアでの曽我さんとの面談で子供とともに日本定住を決断した。それ以降、焦点は安否不明者と拉致の疑いのある特定失踪者の真相究明に移ることになったが、04年11月、日朝実務者協議で北朝鮮側が提供した横田めぐみさんの遺骨が偽物であったことが判明し、日本による単独の制裁論議も起こった。06年4月、韓国人拉致被害者の金英男氏が横田めぐみさんの元夫である可能性が高いことがDNA鑑定で明らかとなったが、金英男氏は横田めぐみさんがすでに死亡していると述べた。