スマトラ島北部アチェ特別州では、イスラム系武装組織自由アチェ運動(GAM)が1976年に独立宣言をして以来、独立を阻止しようとする国軍との戦闘が激化した。アチェはオランダの植民地支配に最後まで抵抗した地域で、ジャワに対する文化的、民族的対抗意識が強いうえ、天然ガス収入の大半が中央政府に収奪されているなどの不満が強かった。しかし、2004年12月のスマトラ沖大地震をきっかけに和平協議が始まり、05年8月には基本合意が成立、GAMは12月に武装解除を終了した。国軍も撤退を完了し、約1万5000人の死者を出した紛争はやっと終結した。和平交渉では独立要求は棚上げにされ、今後はGAMの政治参加のプロセスなどが課題となる。インドネシアは独立以来、多様性の中の統一を国是に多民族国家の国民統合を図ってきたが、スハルト政権下でジャワ人の優位と国軍偏重の特権支配が進み、建国の理念は形骸化した。同政権の崩壊で民族間の利害対立などが顕在化あるいは激化し、東ティモールは02年に分離独立を果たした。東部のパプア州では西パプア住民代表会議が00年に新国家の樹立を宣言、1960年代から独立運動を行ってきた自由パプア運動(OPM)の動きも活発化し、独立派住民と治安部隊との衝突が続いている。先住民であるパプア人には、豊かな天然資源が政府や非パプア人、外国資本に収奪されているという不満が強く、資源ナショナリズムの台頭により、アメリカの鉱山採掘業者へのテロも散発している。