2007年6月の総選挙で、独立運動の英雄であるシャナナ・グスマンが首相に就任した。彼が率いる東ティモール再建国民会議(CNRT)は得票率2位だったが、東ティモール独立革命戦線(フレティリン)が過半数を獲得できず、同党を排除した連立政権が成立した。独立闘争を主導したフレティリンは01年の制憲議会選挙で大勝し、マリ・アルカティリが初代首相となった。しかし、アルカティリ政権は強権政治と経済低迷で支持を失った。06年に待遇改善を求めて除隊処分となった元兵士らが反首相デモを展開して政府軍と衝突し、首都ディリは騒乱状態となった。政府はオーストラリアなどに治安維持部隊の派遣を要請するとともに、アルカティリ首相が辞任、ラモス・ホルタ外相が首相に就任して混乱は収まった。ホルタは07年の大統領選に出馬し、第2代大統領に就任した。ホルタは1976年のインドネシアによる併合後、海外で同国の人権侵害を告発し96年にノーベル平和賞を受賞している。2012年3月の大統領選挙では、前国軍司令官のタウル・マタン・ルアクが当選した。7月の国民議会選挙でグスマン首相の続投が確定したこともあり、ようやく政治的な安定が達成したと言えよう。