カンボジアの「独立の父」。ベトナム戦争には隣国として中立を守り、その後の革命、内戦の動乱期でも、国家の象徴として和解と統合に努めた。カンボジアの王家に生まれ、1941年に祖父のモニボン国王の死去に伴い、国王に即位。53年にフランスからの完全独立を達成した後、父に王位を譲り、政界に転身。総選挙を経て首相、さらに国家元首に就いた。だが、70年に起きた親米派のクーデターにより、北京やピョンヤンでの亡命生活に入る。75年の革命後のポル・ポト政権では名目上の国家元首になったが、一族の多くを殺され、王宮に幽閉された時期もあった。78年にベトナム軍が侵攻した後は、反ベトナム3派連合を率いて闘争を続ける。国連による和平プロセスで93年に新生カンボジア王国が誕生すると、国王に再即位した。2004年に退位。12年10月15日、病気治療のため滞在していた北京で死去した。