2006年3月、東ティモールの首都ディリで起きた、東部出身の元兵士による反乱の鎮圧と、秩序維持のためオーストラリア中心の多国籍軍が派遣され、5月には治安維持権限が国連東ティモール統合ミッション(UNMIT)に一時的に譲渡された。オーストラリアが東ティモール介入に熱心なのは、東ティモール沖の海底天然ガス・油田開発利権が絡んでいるからで、実際07年2月には、両国は、開発による利益配分に関する協定を批准している。08年2月には、反政府勢力に襲撃されて重傷を負った東ティモールのホルタ大統領が、オーストラリアの病院に収容され命を取りとめた。翌3月に首都ディリを訪れたオーストラリアのラッド首相は、08年末までとなっていた多国籍軍の駐留期間を延長すると発表した。オーストラリア軍を中心とする多国籍軍・警察に対して、東ティモール市民からの反発が強まったこともあり、09年5月よりUNMITから東ティモール国家警察への権限移譲が開始された。独立10周年の12年3~4月には大統領選挙、7月には議会選挙が無事実施されたこともあり、8月に同国を訪れた潘基文国連事務総長は、PKO部隊の早期撤収を改めて示唆している。なお、ルアク新大統領は、液化天然ガスの国内生産を進めており、同国での日豪の液化天然ガスプロジェクトに悪影響がでると懸念されている。