2011年6月8日、オーストラリアのラドウィッグ農林水産相は、突然、インドネシアへの生きた牛(生体牛)の輸出の全面的停止を発表した。理由は、インドネシアの一部食肉処理場の牛の殺し方が「残酷」だとの批判がオーストラリア国内で高まったためである。インドネシア側に6カ月以内の対応を求めた。インドネシアは、オーストラリア政府の要請を受け輸入を停止し、食肉処理場の調査を約束したが、オーストラリア生体牛に代わる輸入元(主にアメリカ)を探すとしている。インドネシア政府の冷静な対応により、文明の衝突は避けられた。オーストラリアでは前月末に、オーストラリアの動物保護活動家が撮影したインドネシアの食肉処理場の様子がテレビ放送され、なかなか絶命せず暴れ苦しんでいる牛の姿などに「ショックを受けた」との声が国民・政界から上がった。同国では、牛を殺す前に気絶させるが、インドネシアではコーランに従った方法が行われ、気絶させないまま、のどを切って失血死させるのが普通。時には、技量の未熟さも加わり、絶命までに十数分かかることも多い。生体牛輸出はオーストラリアとアメリカが主要輸出国だが、オーストラリアが全体の6~7割の輸出量を占めている。生体牛の輸出は、イスラム諸国への重要な貿易品。生体で牛を輸出するのは開発途上国への場合が多く、コーランの教えという理由の他に、流通過程や家庭に冷蔵庫が普及しておらず、近隣で食肉処理してすぐ消費する必要があるという事情も影響している。日本にも年間1万数千頭ほどの生体牛がオーストラリアより送られてくるが、これは和牛の子牛が主である。オーストラリア産生体牛の主要輸出先であるインドネシアには、年間で約3億豪ドル(約260億円)相当以上の生体牛が輸出されている。輸出停止措置はインドネシアよりもオーストラリア国内畜産業へのダメージが大きく、7月6日には、禁止措置は解かれた。