イラク駐留米軍が2011年12月完全撤退し、03年3月に始まったイラク戦争は約8年9カ月で終結した。イラク戦争は、フセイン政権が大量破壊兵器を保有し国際テロ組織アルカイダを支援していると主張するブッシュ前政権がイギリスとともに開戦に踏み切った。アメリカとイギリスを中心とする派遣軍がイラクに侵攻してフセイン政権を打倒したが、大量破壊兵器は見つからず、フセイン政権とアルカイダは無関係だったことが判明した。フセイン政権崩壊後、宗派対立による武力衝突が激化しテロが相次いだため、米軍は駐留を続け、ピーク時には17万人を超える規模に増大した。オバマ大統領は、イラク戦争を「間違った戦争」と批判し、08年大統領選挙で駐留米軍の早期撤退を公約して当選した。駐留米軍が11年末までに完全撤退することを明記したアメリカとイラクの地位協定が09年1月発効。オバマ大統領の戦略に基づき戦闘部隊は10年8月撤収を完了したが、戦闘任務終了後も約5万人の駐留米軍が11年末の完全撤退までイラク治安部隊の訓練・支援を行っていた。イラク戦争で米軍は約4500人の死者を出したが、アメリカのブルッキングス研究所の推計では、戦闘やテロで死亡したイラク人は約11万5000人にのぼる。