アメリカとキューバは2015年7月20日、国交を回復した。1959年のキューバ革命を受けて61年アメリカが国交断絶を通告して以来54年ぶり。東西冷戦中、ソ連に支援されたキューバはアメリカの柔らかい脇腹に突き付けられたナイフだった。61年、カストロ政権転覆計画(ピッグス湾事件)に失敗したアメリカは62年2月、対キューバ全面禁輸を発動。同年10月にはキューバに持ち込まれたソ連製ミサイルの撤去を求めてアメリカが海上封鎖したため、米ソを核戦争の瀬戸際に追い込むキューバ危機が起きた。その後、アメリカは82年にキューバをテロ支援国家に指定した。2008年にキューバのフィデル・カストロ国家評議会議長が退き、弟のラウル・カストロ氏が後継し、一方、アメリカでは09年にオバマ政権が誕生する。13年、南アフリカのマンデラ元大統領追悼式でオバマ大統領とカストロ議長が握手を交わし雪解けムードを醸成。14年12月、両国は国交正常化交渉開始で合意し、15年5月、アメリカによるテロ支援国家指定が解除されて交渉は加速、国交回復に漕ぎつけた。16年3月にはオバマ大統領が現職アメリカ大統領として88年ぶりにキューバを訪問した。しかし、経済的苦境が続くキューバが期待するアメリカによる禁輸措置の解除は進まず、他方、アメリカがキューバに求める人権状況の改善や民主化は前進していない。