2000~03年、フィデス(FIDESZ 青年民主連合)政権下のハンガリーで問題になったのは、国外に住む300万人近いハンガリー人マイノリティーの問題であった。とりわけ中・東欧8カ国がEU(欧州連合)に加盟し、ルーマニアやセルビア、ウクライナが外に残される中、マイノリティーの移動に支障が生じ、生活圏の分断の問題が起こってきた。これに対しフィデス政権は、01年6月、「地位法(近隣国に住むハンガリー人に関する法令)」と呼ばれる、国外のハンガリー系住民に便宜供与を図り、その地位を保障する法律を議会で通過させ、これは02年1月から施行された。しかしこれに対しルーマニア、スロバキアなど周辺諸国が内政干渉として強く反発したため、同年4月の社会党政権樹立後、法令は大幅に修正され「民族による特権」は事実上機能しなくなった。その後ハンガリー政府は国外ハンガリー系マイノリティーに二重国籍を検討したが、これも議会で否決された。他方で、05年には、セルビア・モンテネグロ(当時)のボイボディナ地域でハンガリー系住民の虐殺が起こるなど、バルカンでもハンガリー系民族の問題は波紋を呼んでいる。