2007年6月発足のイギリスの労働党政権。ブラウン首相はブレア前政権下で「鉄の財務相」の異名を取った人物で、ブレア辞任とともに与党労働党の党首と首相職を引き継いだ。ブレアのようなカリスマ性はなく、実務派で政策通として知られる。しかし、政権発足直後に起きたテロ事件には冷静に対処し、首相権限を12分野で制限または放棄する提案をした。他方、イラク駐留英軍を07年末までに1000人削減する方針を表明、対米追随路線とは一線を画した(のちに09年7月までに撤退を決定)。しかし、その後は政策に新味がないこともあって、人気は低迷した。08年秋、未曾有の金融危機への対応で、大手銀行への一斉資本注入をいち早く決断するなど、その経済政策手腕への期待から支持率の回復も見られたが、10年5月の総選挙で第2党に転落し、政権は崩壊した。後継には第1党となった保守党のキャメロン党首が、第3党となった自由党と連立を組み、首相に就任した。