フランスのニコラ・サルコジ大統領は、2009年3月11日に士官学校で演説し、1966年にシャルル・ドゴール大統領(当時)が北大西洋条約機構(NATO)統合軍事機構から脱退することを宣言して以来、NATOとの公式的な軍事協力関係を控えてきた政策を放棄し、統合軍事機構に復帰することを表明した。ドゴール大統領の宣言にもかかわらず、冷戦時代の東西対立を背景として、フランスは政治同盟としての北大西洋同盟にはメンバーとして参加してきた。NATO統合軍事機構からの離脱は、独自の核戦力の構築を掲げ、アメリカによる支配から独立したスタンスを保ち、「フランスの栄光」の追求を国家目標としたドゴールの必然的な行動であった。しかし、ポンピドー政権以降、ドゴール路線の硬直した姿勢から次第に柔軟路線に転じ、とくに冷戦体制が崩壊した1990年代以後、NATOとの軍事的な協力関係は深まって行く。さらに、域外の紛争に関与することを明示したNATOの新軍事ドクトリンにそって、コソボ紛争などで協力的な姿勢で臨むようになった。サルコジ大統領の声明は、NATOとの間で深まった軍事的協力関係を統合軍事機構への復帰という形で制度化しようとする試みにほかならず、ドゴール時代の軍事ナショナリズムが合理性をもたなくなった証しでもある。12年の大統領選挙で勝利を収めたオランド新大統領は、サルコジ政権の推進したNATOとの協調路線を継承している。