シリアやイラクなど、中東諸国に拡散した内戦は、多国籍化した過激派組織「イスラム国」(IS)やアルカイダなどのテロ集団による殺戮行動と重なって、2014年以来、大量の難民発生とEU諸国への流入をもたらしてきた。これに加えてアフガニスタンなどのアジア諸国やスーダン、ソマリアなどのアフリカ諸国からも難民が押し寄せ、翌15年には100万人を超す異常事態となった。トルコからギリシャに上陸した難民は、バルカン半島を北上する「バルカン・ルート」を通って、難民受け入れに積極的でEU内でも裕福なドイツやスウェーデンに定住地を求めて殺到。中継地となるハンガリーとオーストリアは厳重な国境管理を実施した。とくに、ハンガリーは15年9月にセルビアとの国境を閉鎖し、翌10月にはクロアチアとの国境も封鎖。迂回路となったオーストリアもこれに続き、16年に入ると、バルカン諸国も次々に国境を閉じた。
EU加盟国では難民受け入れを巡って、ドイツなどの比較的寛大な受け入れを行った国と受け入れに拒否反応を強める国とに二分され、EUとしての統一的な難民政策を打ち出せない状態が続いた。この間、主にアフリカ方面から海を越えてイタリアなどに渡る「地中海ルート」では、悪質な密航業者により定員超過の難民を乗せた船がしばしば沈没し、多くの人命が失われるという人道問題が多発。EUは「欧州難民危機(European refugee crisis)」と呼ばれる深刻な事態に直面する。この危機に際して、イタリア政府は率先して地中海ルートの救助作戦「マレ・ノストラム(Mare Nostrum)」を展開。これに全面的支援を行わなかったEUは国際的な非難を浴びた。そこで、これまで難民を不法移民と位置付け、厳格な国境管理を実施してきた欧州対外国境管理協力機関(FRONTEX)の「トリトン作戦(Operation Triton)」は修正を余儀なくされ、予算を3倍に増額したうえで難民救助へとシフト。ドイツ政府もフリゲート艦「ヘッセン」など、2隻の軍艦を難民救助のために地中海に投入し始めた。
事態の深刻化を受けて、フェデリカ・モゲリーニEU外交安全保障上級代表は、EUによる共同行動の可能性を模索する行動に出る。結局、16年3月にEUは加盟国であるギリシャに到着した難民をトルコに強制送還する計画を承認し、トルコとの間で難民の強制送還に関する協定が締結された。この協定により、トルコはEU内の不法入国難民を受け入れる代わりに、7万2000人を上限として正規の手続きを経たシリア難民をEU域内に送り、その見返りとして60億ユーロ(約7600億円)の資金供与をEUから受けることとなった。