南部アフリカのモザンビークの対岸に位置するインド洋上の島で、世界4位の面積を有する。人口は1910万人でアジア系とアフリカ黒人が共存する多民族国家。1960年にフランスから独立し、70年代からの社会主義路線は90年初頭の民主化で終止符が打たれ、92年には、国名をマダガスカル民主共和国からマダガスカル共和国に戻した。2001年の大統領選挙では、社会主義政権時代から一時期を除いて大統領職を歴任してきたラチラカと、首都アンタナナリボの若手市長ラベロマナナの双方が勝利宣言し、国は二分された。国際的調停でラベロマナナは大統領に就任し、ラチラカは亡命。06年ラベロマナナ大統領は再選されるが、09年に入ると同大統領の不透明な公金使途などに対する大規模な抗議活動が首都で行われ、同年3月、野党のラジョリナ元アンタナナリボ市長を軍が支持するなかで、ラベロマナナは辞任、亡命し、ラジョリナは自ら「暫定政府」を樹立。しかしアフリカ連合(AU)、05年に加盟した南部アフリカ開発共同体(SADC)は新政権を承認せず、国際的にも欧米の援助が停止するなど孤立。世界不況と政治危機で経済は停滞し、「最貧国」からの脱出はさらに困難となった。