南スーダンは半世紀以上にわたるスーダンからの自治・独立を目指して2度にわたる内戦を経て2011年に南スーダン共和国として独立した。しかし、南スーダン政府内での主導権争いから13年12月には民族集団ディンカ系のサルバ・キール大統領派の軍と、13年に解任されたヌエル系のリエック・マシャール元副大統領派の軍が衝突。内戦状態に再び突入し、民族集団間の武力対立の様相となった。元副大統領派勢力が一時北部の油田地帯の一部を支配したため、14年1月初頭にはキール大統領は隣国のスーダン共和国のバシル大統領と両国にまたがる油田とパイプラインの防衛を協議した。南スーダンの政情不安は国境を接するウガンダ、ケニア、エチオピアなどの地域全体の政治的安定に深刻な影響を与えかねない。そのため、これらの諸国を含めた東アフリカ8カ国からなる政府間開発機構(IGAD)は、エチオピアのアディスアベバにて14年1月、双方の和平協議の仲介活動に乗り出したが、15年3月に入っても持続的和平は実現していない。この内戦はスーダンとの戦争で手つかずであった教育、医療、道路などのインフラの整備をさらに遅らせる結果となり、自国の石油資源を国民の生活向上に活用できないだけでなく、新たな難民や少年兵問題も生み出している。