2011年7月、東京大学が9月入学制への移行を検討し始めたことが報じられ、にわかに大学の秋季入学制が具体的課題として注目されるようになった。東大では、その影響や障害を検討し、就活・就職時期等の調整を行ったうえで5年後の実施を目指している。秋季入学制(秋入学)については、これまで、臨時教育審議会の第四次答申(1987年)、中央教育審議会の答申「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について」(97年)、大学審議会の答申「21世紀の大学像と今後の改革方策について」(98年)、教育改革国民会議の報告「教育を変える17の提案」(2000年)、教育再生会議の第二次報告(07年)や経済財政諮問会議の「経済財政改革の基本方針2007」(07年6月閣議決定)でも提言されてきたが、具体化に向けて実質的に審議・検討されることはなかった。しかし今回は様相が異なり、マスコミでも注目され、中央教育審議会でも議論され、国立大学協会(会長は浜田純一東京大学総長)でも議論していくこととなり、理系を中心に研究面での国際的な卓越性を競っている一部の国立・私立の大学の学長等も積極的な発言をしており、さらには、経済界や政界でも就活時期等の対応を含めて話題となっている。最終的にどうなるかは定かでないが、慎重に検討すべき種々の重要な問題や課題がある。(1)東大だけとなるのか、(2)他の大学も移行するのか、その場合どういう大学が移行するのか、(3)いずれは大半(すべて)の大学がそうなっていくのかによっても異なるが、現時点では(3)の場合を想定したレベルの審議がなされているわけではないから、(1)と(2)(主に有名大学)の場合について言うと、特に重要なのは次の三点であろう。第一は、ギャップ・イヤー(高校卒業から大学入学までの5カ月と6月に卒業してから就職までの9カ月の空白期間、教育再生会議の報告では前者を指している)が生じることに伴う経済的負担の増大が低所得家庭の子どもの大学選択や教育機会にネガティブな影響を及ぼしかねないことである。第二は、ギャップ・イヤーの過ごし方にかかわる問題で、東大の趣旨では、ボランティア活動なども含めて多様な体験活動が貴重な経験になるとしているが(教育再生会議も同様の趣旨を展開)、貴重な経験になるかどうかは定かでない。一般的に言えば、その空白期間を積極的かつ有意義に活用するのは多くても半分程度と見積もるのが妥当であろう。第三は、海外からの留学生や海外大学への留学の増大を図り、国際的な卓越性を高めるという9月入学制の目的にかかわる問題である。大学院レベルでもそうだが、特に学部レベルでは、海外からの留学生にとっては、9月入学かどうかといった問題よりも、そもそも東大を含む日本の大学が魅力のあるものかどうかが最大の問題だと言える。例えば、(1)国際共通語となりつつある英語での授業が科目数でも教員の英語力の面でも十分か、(2)カリキュラムや授業が密度の濃い魅力的なものになっているか、(3)就職面を含む卒業後の進路選択の機会が豊富で魅力的かどうか、(4)奨学金その他の教育条件が充実しているかといった点は特に重要であるが、現状では、そのどれについても十分ではないと言ってよいであろう。上記の各種審議会の答申は、9月入学制への移行ではなく、9月入学も併用する弾力化を提言したものだが、諸条件を考慮するなら、弾力化案の方が適切性・有効性は高いと言える。