2008年の学習指導要領の改訂により、12年度から中学校の体育で「武道」(柔道、剣道、相撲のうちの一つ)が第1学年・第2学年で必修となった(第1学年ないし第2学年で行うか両学年で行うかは各学校の裁量)。この改訂は、06年12月に改正・公布された教育基本法の第2条で「伝統と文化」の尊重を「教育の目標」の一つとして規定したことを踏まえて審議し取りまとめられた中央教育審議会の答申「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善について」(08年)に基づいて行われたものである。同答申は、「7.教育内容に関する主な改善事項」の「(3)伝統や文化に関する教育の充実」で「保健体育科では、武道の指導を充実し、我が国固有の伝統や文化に、より一層触れることができるようにすることが重要である。」としている。つまり、改正教育基本法が「伝統と文化」の尊重を教育目標に掲げ、それを受けて中教審答申が「我が国固有の伝統や文化に、より一層触れ」させるために「武道の指導の充実」を提言したことを受けて、改訂前までは武道ないしダンスの選択履修であったものを、武道、ダンスとも必修にしたということであるが、こうした目的論的な考え方と施策には異論も少なくない。他方、4月からの実施が迫る中で、中学教員や保護者の間に、指導上の不安や授業中の事故の危険性に対する危惧(きぐ)の念が広まっている。1990~2009年度に体育の授業や部活動で死亡した児童生徒は、武道3種目の中では相撲3件、剣道22件に対し、柔道は74件に達していた(日本スポーツ振興センター調べ)からであり、また、脳挫傷など頭部の事故の危険性が高いからである。全国各地の教育委員会では指導者講習会や安全講習会を企画・実施しているが、それで不安や危険性が必ずしも十分に払拭(ふっしょく)・回避されるものではない。事故回避・安全確保はもちろん、事故が起こった場合の緊急対処や補償の問題も含めて、十分かつ適切な対応を早急に講じる必要がある。なお、文部科学省は実施直前の12年3月9日、指導態勢が整わない場合は授業開始時期を遅らせ、安全確保を優先するようにとの通達を出した。