1958年の教育課程の改訂に際して特設され現在に至っている「道徳の時間」を教科(「特別の教科」)に格上げすること。この道徳の教科化によって、道徳についても国語・算数・理科・社会などの教科と同様に、検定教科書(道徳用教材)を使って授業が行われ、その学習成果も評価されることになる。第2次安倍晋三内閣に設置された教育再生実行会議は、2013年2月の第一次提言「いじめ問題等への対応について」において「心と体の調和の取れた人間の育成に社会全体で取り組む。道徳を新たな枠組みによって教科化し、人間性に深く迫る教育を行う。」とした。同提言を受けて文部科学省に同年3月に設置された「道徳教育の充実に関する懇談会」は、同年12月に「今後の道徳教育の改善・充実方策について(報告) 新しい時代を、人としてより良く生きる力を育てるために」を取りまとめて公表し、それを受けて14年3月、中央教育審議会(中教審)・教育課程部会に「道徳教育専門部会」が設置され、道徳を教科とする場合の教育課程について検討されることになった。もう一方で、文部科学省は13年5月に上記「懇談会」の下に「心のノート」改訂作業部会を発足させ、その全面改訂作業を進め、14年2月に新しい道徳教育用教材「私たちの道徳」(小学校1・2年版、同3・4年版、同5・6年版、中学校版)を作成・公表し、14年4月から使用できるように全国の小・中学校に配布することになった。以上の経緯からも示唆されるように、道徳の教科化(特別の教科化)はほぼ確実と見込まれるが、さまざまな観点からの批判も多い。例えば、評価については、(1)行動や態度で評価されかねないことへの違和感や不安感、(2)知識・技能の習得状況の評価が基本となる他の教科とは違って、道徳の評価は人格の評価に通じる面があるだけに、子どもたちの人格形成や自尊心・自己肯定感の形成にネガティブな影響を及ぼしかねない、(3)教師と児童・生徒・保護者との信頼関係や豊かな人間関係をゆがめ、阻害することになりかねない、等の問題がある。また、学習指導要領に基づいて作成される道徳用教材の使用が義務化されることにより、(1)特定の価値観や道徳観を国が押し付けることになりかねない、(2)価値観の多様性と道徳の多面性が否定され、思想・良心・表現の自由を始めとする基本的人権の侵害になりかねない、といった問題がある。さらに、授業や学校生活においては、(1)児童・生徒は道徳用教材に埋め込まれた「良い子の道徳」とも言えるものに即して、表向きに発言し演じ振る舞うことになりかねない、(2)繰り返し「良い子の道徳」を強いられることで、疎外感や反発心、ストレスが醸成、蓄積されることになりかねない、(3)最悪の場合「良い子の道徳」に基づく競い合いと相互監視・相互批判が起こりかねない、といった問題がある。こうした危険性も踏まえて、道徳教育の在り方や教科化については賢明な政策判断が求められる。また、教科化された場合には、そうした危険性が現実のものとならないように、授業においても生活指導等の面でも地域・学校と児童・生徒の実態や特色を踏まえた創意工夫とおおらかさが期待される。