中学の社会科と高校の地理歴史(地歴)及び公民を中心に、これまでの教科書は自国をおとしめ、子どもたちが自国に誇りを持つことのできない「自虐史観」に基づく記述に偏っていたとの見方に立つ安倍晋三内閣総理大臣と下村博文文部科学大臣、及び自民党「教育再生実行本部」等や安倍首相の諮問機関「教育再生実行会議」の主導の下、教科書の「偏り」を是正するとして進められている改革。教科書の記述内容に関わる教科書検定基準の改正と教科書採択方法(採択協議のルールと採択地区の単位)の改善が中心となっている。2013年11月15日、下村文科大臣は「教科書改革実行プラン」を発表し、同22日に同大臣から諮問を受けた教科用図書検定調査審議会(検定調査審議会)は、わずか1カ月後の12月20日の第2回会合で、審議のまとめとして「教科書検定の改善について」を承認し公表した。もう一方で、同じ第2回会合において、14年春からの検定に間に合わせる必要があるとして、第1回会合での意見も踏まえつつ、基本的には上記プランに即して文部科学省が作成した「教科用図書検定基準等の改正(案)」が承認されタ。それを受けて、翌14年1月28日に「中学校学習指導要領解説」及び「高等学校学習指導要領解説」が一部改訂され、2月18日には教科書会社への説明会が開催された。以上の諸文書の中で表現が最も簡潔な実行プランによれば、この改革、特に「教科書検定基準」改正の要点は、どの教科においても、(1)「バランス良く教えられる教科書」にする、(2)「教育基本法の目標等に照らして重大な欠陥がある場合を検定不合格要件として明記」するの2点にある。しかし、研究者も含めて教育界を中心に問題や疑問があるとして重大視されているのは、中学の社会科と高校の地歴・公民の教科書への影響である。具体的には、上記の(1)では「通説的な見解がない場合や、特定の事柄や見解を特別に強調している場合などに、よりバランスの取れた記述にする」、及び「政府の統一的な見解や確定した判例がある場合」にはそれらに基づく記述をするとされた点にある。これにより、従来盛り込まれていた事項・内容の圧縮・削除や、政府見解・判例に準拠したの記述の増加が起こり、社会や歴史の多面性とその見方の多様性が損なわれ、児童・生徒が自ら考え判断する力の形成という点でも好ましくない影響が生じることになりかねないからである。また、教育が時々の政治権力や司法判断に左右されることが懸念され、ひいては学問の自由、思想・良心の自由や教育の自律性・適切性が抑圧され、揺らぐことにもなりかねないからである。以上に加えて、今回の教科書改革の問題点として、その拙速さと政治の横暴を挙げる意見もある。教科書の作成・検定は、教育・学習の内容を左右するものであるから、政治家等の意見も民意の一つとして考慮していけないというものではないにしても、これまで政治は教育内容等の内的事項に介入しないという原則と法令順守を前提にしつつ、基本的には学問的・実践的専門性が重視されてきた。しかるに、今回の検定基準等の改定は、自民党「教育再生実行本部」等や「教育再生実行会議」の提言を受けて、その趣旨に添うように、文部科学省や中央教育審議会及び検定調査審議会が極めて短期間に検討・決定して進められた。例えば検定調査審議会の議事録にも表れているが、同審議会はそれなりに誠実に検討・審議したと見ることもできるものの、基本的には「始めに改革ありき」で教科書改革実行プランを是とし、それを具体化・正当化する役割を果たしたに過ぎないという見方もある。いずれにしても、授業と教科書は教育・学習の成否と適否を左右する極めて重要なものであるから、実際の検定が過剰・不当な統制にならなず、多様な優れた教科書が提供されるように、適正に行われることが期待される。