社会には性別によって異なる服装の規範があるが、その中で異性のものと規定されている服装を身に着ける、女性による男装や男性による女装。その歴史は古く、「古事記」の中にヤマトタケルノミコト(最古の英雄)の女装による討伐の記述がある。男性がすべてを演じる歌舞伎は女形なしに成立せず、未婚女性だけが演じる宝塚歌劇団では、男装の男役にファンが多いなど芸能においては認められてきたが、近年、嗜好としての変身願望やコスプレ、ファッションなどサブカルチャーとしての異性装も多く見られるようになった。ビジュアル系バンド全盛期(1980~90年代)には、女性的な化粧や耽美的で倒錯的なイメージの「女装する男」が、また80年代以降の人気アニメや漫画のキャラクターの影響を受けた、異性装コスプレも人気を得た。さらに可愛いらしさに価値を置く日本社会が発信する「カワイイ」が世界共通語となり、趣味や嗜好で女性ファッションを楽しむ男性「女装子(じょそこ、じょそうっこ)」も登場、2000年代後半からは、女装に限らず美少女にしか見えない少年「男の娘(こ)」が東京・秋葉原などに集まるようになった。また、女性が身に着けるものとされているスカートをファッションに取り入れる「スカート男子」も出現している。また、女性による男装ユニット「腐男塾(現・風男塾)」(08年結成)は、男子校に通うオタ属性(オタク趣味)をもった7人という設定で、女性向け恋愛シミュレーションゲームに似ているため女性のファンが多い。性別によるさまざまな規範が揺らぐ一方で、就職活動では女子はスカートとパンプスといった服装規範はむしろ厳格化する傾向もある。異性装の増加は、性別により抑制される外見に関する規範を侵犯しようとする欲求の顕在化とみることができよう。